新型コロナウィルスによって甚大な被害を受けているスポーツ界。国民がプロスポーツを安心して観戦できる場所は、いまの日本には存在しない。2月26日に、JリーグやBリーグがいち早く公式戦の延期を発表すると、同日に政府も「多数の方が集まるような全国的なスポーツ、文化イベント等」を「中止、延期又は規模縮小等の対応を要請」し、以降、予定されていた試合やファン感謝祭などの催しは延期や中止を余儀なくされている。

 3月には東京五輪の延期が発表され、4月に入ってからも、プロ野球12球団が2020年度の公式戦開幕の延期を発表するなど、いまだにスポーツ界は時計の針を止めたままだ。

●試合開催に依存するスポーツビジネスのリスク

 スポーツチームやリーグ(以下、スポーツ団体)の収入は、おおよそ(1)入場料収入(2)放映権収入(3)広告料収入(4)ファンクラブ収入(5)グッズ販売(6)飲食などの出店手数料、といった6つに分類することができる。

 これらの収入は、基本的にはどれも試合の開催を前提にしている。スポーツ団体は、試合を企画・運営し、ファンやサポーター(以下、ファン)にチケットを販売する。また試合の開催に合わせ、ファンサービスの企画のほか、飲食、グッズの販売などを通じ、総合的に非日常体験を提供している。

 一方、数多くの人が集まり、映像や写真などがメディアに露出される試合、さらにはその試合を構成するスタジアムや選手たちを広告媒体とみなし、企業へマーケティング活動の場を提供している。要するに、試合はスポーツ団体が提供する唯一無二の「プロダクト」なのだ。

●増え続けてきた広告料収入

 試合が、今回のように長期間にわたって開催できない状況下では、スポーツ団体は収入が途絶えるだけでなく、試合開催を前提にして契約を結んでいるステークホルダーとの関係にも大きな影響を及ぼす。

 「コト消費」という言葉が流行し、ライブエンターテインメントが盛り上がりをみせてきた近年、スポーツ団体の多くは、入場料収入や広告収入を中心に売り上げを伸ばしてきた。しかし入場料収入は、いくら増やそうとしても、スタジアムのキャパシティーに限界がある。このため、スポーツ団体は、より広告収入の売り上げを伸ばすことに力を入れてきた。以下のグラフを見ればその事実は一目瞭然だろう。入場料収入が微増にとどまっているのに対してスポンサー収入はこの10年間で2倍近い伸びを見せている。

 では、唯一無二のプロダクトである試合が開催できない今、スポーツ団体はこの事態にどのように対処していけばいいのだろうか。収入の大きな柱の1つである「広告料収入」にスポットを当て、試合が中止となった場合の広告主とスポーツ団体間の契約の行方を推察してみたい。

●複雑化するスポンサー契約の実態

 スポーツビジネスにおいて、スポーツ団体と広告主との契約は、一般的に「スポンサー契約」といわれる。スポーツ団体は試合やWebサイトなど自らが持つ媒体を活用して権益を提供する。広告主はそれらの媒体を活用して商品・サービスのイメージ構築や改善、販売促進、市場におけるポジショニングの獲得などのマーケティング活動を実施し、その対価としてスポンサー料を支払う。

 かつてのスポンサー契約は、ロゴを目立つ位置に露出するだけのものだったが、企業のマーケティング活動が複雑化した近年は、スポンサー契約の内容も大きく変容しているのが実情だ。

 ここで、スポンサー契約の具体的な実施例をいくつか挙げてみたい。先に述べたように、選手らが着用するユニフォームやスタジアムに設置された看板など、目立つ位置に企業ロゴや商品・サービスロゴを掲出するのは、もっとも分かりやすいケースだ。

 似たケースとして「○○プレゼンツマッチ」などのようにイベントや大会の名称に企業名が入ることもある。また、イベント当日にブース出店、ノベルティーの配布、アンケートの実施などの販売促進活動を提供するケースもある。その他、プロスポーツクラブがビジネスマッチングの機会を提供することや、VIPルームや招待券を活用したホスピタリティーの提供も行っている。

 これらの試合当日の権益のほかにも、放映権を提供したり、選手のパブリシティー権を活用した広告出演契約を結んだりするなど、「スポンサー契約」の内容は多様化しており、1つの契約書の中に全てを明文化して規定するのは非常に難しいのが現実のようだ。

●中止となった場合の「法的解釈」は?

 このように複雑化したスポンサー契約は、試合が中止となった場合、どのように解釈されるのだろうか。スポーツビジネスの法整備に詳しい西村あさひ法律事務所の弁護士・稲垣弘則氏は次のように語る。

 「今回のケースでは、試合の中止によって、スポーツ団体が、スポンサー契約上の債務を履行できないことにより、債務不履行責任が生じ、スポンサー契約の解除によるスポンサー料の返還義務や損害賠償責任を負担するかどうかが問題となります。

 通常、スポンサー契約には広告主のさまざまな権益が設定されています。近年の契約の複雑化に伴い権益も多種多様になっていますが、各権益に対応してスポーツ団体が負担する債務の具体的な内容は契約上必ずしも明確ではありません。

 債務不履行責任が生じたかどうかを検討するには、まずは『債務』の内容を確定しなければなりませんが、スポンサー契約の場合には、この『債務』の内容の確定が難しい場合が多く、法的な処理を困難にしているという問題があります」。

 今回のケースでは、政府の自粛要請を受けて、スポーツ団体はやむを得ず中止の判断を下している状況のように思える。それでも債務不履行と解釈されるのだろうか。この点について稲垣氏は、まずは契約書の文言に着目すべきだという。

 「まず、契約書において一定の要件の下でスポーツ団体は責任を負わないという『不可抗力条項』が定められている場合、要件を充たせば、スポーツ団体は債務不履行責任を負担しないこともあり得ます。

 今回のケースで争点となるのは、新型コロナの影響による試合の中止が、不可抗力事由に該当するかどうかです。『感染症』『疫病』『パンデミック』などの文言が契約書の中に具体的に列挙されていれば、不可抗力条項で解決できる可能性は高いですが、不可抗力条項では解決できないとなれば、民法の理論に従うことになります。

 民法では、スポーツ団体が何の落ち度もなく契約上の債務を履行することができない(『履行不能』)と判断された場合には、『危険負担』というルールに従ってリスクを分配することになっています。

 今年4月1日に『民法の一部を改正する法律』が施行され、契約解除や危険負担のルールも含めて制度が大きく変わりましたが、4月1日以降に締結、または更新された契約については新しい民法が適用されるものの、大半の契約には旧民法が適用されます。

 旧民法の危険負担のルールが適用された結果、スポーツ団体が負担するそれぞれの『債務』に対応したスポンサー料の支払い義務が消滅すると考えられる場合には、スポンサー料の減額が認められることになります。ただ、これは広告主のそれぞれの権益ごとに個別具体的に判断する必要があります。

 例えば、広告主の権益に『チームのロゴ使用』が含まれている場合、試合が中止になっても広告主はロゴを使用できますので、ロゴ使用の権益に対応したスポーツ団体の債務は『履行不能』にはならず、『危険負担』は適用されず減額は認められないことになります」。

 稲垣氏はさらにスポンサー契約における「曖昧さ」をこう指摘する。

「理論的にはこのように整理できるのですが、実務はそう簡単にはいかない場合が多いと思われます。というのも、多くのスポンサー契約では不可抗力条項では解決できず、民法の理論に従うことになると思われますが、通常の契約書では個々の権益ごとに細分化された価格は設定しておらず、個々の権益の価値算定も直ちには困難です。

 そのため、仮に民法上は減額が認められる結論となったとしても、具体的に減額する金額は一義的には定まらないと思われます」。

 スポーツ団体が締結しているスポンサー契約の多くは、おそらく、パンデミックの場合を想定した不可抗力条項、それぞれの権益に対応した債務の内容、権益ごとの価格などは記載されていないことが予想される。そのため、多くのスポーツ団体は、今後、契約内容ごとに個別に広告主と会話していく必要に迫られるだろう。

●「人情」を背景とするスポーツ界での法整備の必要性

 地域に根ざし、公益を掲げて活動するスポーツ団体。スポーツ団体が手掛けるビジネスの大きな特徴は、「フランチャイズ」や「ホームタウン」という言葉に代表されるように、地域性と公共性を伴うことにある。

 また熱心なファンやサポーターがついていて、広告主をはじめとするステークホルダーも「支援者」としての側面を有しており、顧客のロイヤルティー(忠誠心)が非常に高いことも大きな特徴だ。このため、スポンサー契約は、CSR(企業の社会的責任)の一環として活用されるケースも多く、特殊な契約の1つと言えそうだ。

 だからこそ、今回のようなケースに備えるためにも、稲垣氏はスポーツ界における法整備の必要性を訴える。

 「先ほど述べた通り、4月1日に『民法の一部を改正する法律』が施行され、契約解除の規定が大きく変わりました。4月以降に締結又は更新されたスポンサー契約には、新しい民法が適用されることになります。

 これまでは、相手方に落ち度があった場合に限り、当事者は契約を解除できたのですが、民法改正後は、相手方に落ち度がなくても契約の解除が認められることになりました。例えば、債務の一部の履行ができず、契約の目的を達成できなかった場合は、スポンサー側はスポーツ団体側に落ち度がなくても契約を解除できます。

 そのため、今後のスポンサー契約の締結や更新時には、この民法改正を踏まえた契約上の任意解除条項の見直しや、契約目的の明確化などが重要になってくるはずです。今回の新型コロナの拡大と民法改正で、リスクマネジメントの観点をより意識したスポンサー契約の見直しを検討する必要があると思われます」。

 これまでの日本のスポーツ界には、さまざまな困難があった。東日本大震災では「復興支援チャリティマッチ」で挙げたサッカーの三浦知良選手のゴールが大きな力を与えた。熊本地震では、地元出身の巻誠一郎選手が、涙ながらに支援を訴えた姿に心を動かされたファンもいたはずだ。

 このようなスポーツの持つ大きな力を社会に生かしていくためにも、スポーツ団体には、まず身を守り、事業を継続するための基盤を安定させることが必要だ。今回の新型コロナの感染拡大により、事業リスクが顕在化したスポーツ団体。この先、日本にスポーツ文化を根付かせ、持続的に発展させていくためには、いまこそ団体を超えたノウハウの共有と法整備が必要だ。

(フリーライター瀬川泰祐)