新型コロナウイルス感染拡大は、これまでの社会問題を次々と表面化させています。その一つが「孤独死」です。

 4月、路上で倒れて亡くなっていた男性が新型コロナに感染していたことが分かりました。男性は倒れる直前、コンビニにふらついた様子で入店し、会計時にはカウンターにうずくまるような体勢でお金を支払ったものの、店員に胸の苦しみや体調不良を訴えることはなかったといいます。その後、「路上に人が倒れている」と通行人から通報があり警察が駆け付け、心肺蘇生など手を尽くしましたが息を吹き返すことはありませんでした。

 男性は一人暮らしで、3年前までは認知症の母親を介護していたそうです。ご近所付き合いはあいさつ程度で、町内会などにも入っていなかったそうです。

 ……急に呼吸ができなくなり、保健所や病院に電話するもつながらず、かといってとっさに連絡をする家族も、友人もいない……。私も一人暮らしなので、想像するだけで痛ましく、言葉にしがたい不安を感じるのですが、この男性の他にも、部屋で一人で倒れている状態で見つかり、その後のPCR検査で陽性と判定されるケースなどが、5都県で11件あったと報じられています(4月19日まで)。

 新型コロナウイルスは全ての人にとって「脅威」ですが、雇用のカタチ、家族のカタチにより間接的なリスクは大きく違います。今後はコロナによるものだけではなく、コロナ関連の孤独死が増える。そう思えてなりません。

●「家族」がいない人もたくさんいる

 5月4日、緊急事態宣言の延長が決まったあとの記者会見で、安倍首相は「家族」という言葉を何度も繰り返しました。

 「ゴールデンウイークには実家に帰省」「家族で旅行」「愛する家族の命を守る」「いつかきっと、また家族でどこかに出掛ける」「今は、どうかおうちで家族との時間、家族との会話を大切にしていただきたい」と。

 しかしながら、家族がいない人がたくさんいるのです。帰省する実家もない、守りたい家族もいない、一緒に出掛ける家族もいない。ましてや苦しいときに「助けて」とSOSを出せる家族も、「連絡がつかない」と心配してくれる家族もいない。そういう人たちが今は圧倒的に増えているのに、なぜか見過ごされる。

 今の日本社会の仕組みの土台は、高度成長期の「カタチ」を前提につくられたもので、1990年代を境に「家族のカタチ」は大きく変わったのに、その前提は踏襲され続けています。その結果、さまざまなリスクの不平等が生じています。

 1980年の日本は「夫婦と未婚の子のみ」の世帯が全体の4割を占めていました。そのほとんどは会社員で妻は主婦、子供は2人。「単独世帯」は18.2%です。しかし、その後徐々に単独世帯が増え、2016年には26.9%となり、「夫婦と未婚の子のみ」(29.5%)に切迫。今後さらに増え、40年には単独世帯の割合は約40%に達すると予測されています。

●一人暮らしの高齢男性は10倍以上に

 特に65歳以上の一人暮らしの増加は男女ともに顕著で、1980年には男性約19万人、女性約69万人で、65歳以上人口に占める割合は男性4.3%、女性11.2%でしたが、2015年には男性約192万人、女性約400万人となり、65歳以上人口に占める割合は男性13.3%、女性21.1%に。男性ではなんと10倍以上に増えているのです。(内閣府「平成30年版高齢社会白書」)

 単身世帯の増加は、長寿化の影響と「団塊の世代」が80歳以上になることが大きな要因ですが、今後は50代の男性の単身世帯が増加していくと予想されています。

 その理由が、未婚率の増加です。50歳時点で一度も結婚をしたことのない人の割合=生涯未婚率は、男性の場合、1985年までは1〜3%台で推移していましたが、90年以降、急激に上昇を始め、2015年には23%に。30年には28%になると推計され、女性の生涯未婚率も15年の14%から19%に高まるとされています。

 もっとも、「結婚したくない」「ひとりが好き」という、ライフスタイルの変化も大きな要因ですが、問題は「結婚したくてもできない」「事情があって家族と会えない」というケースが増えているリアルです。

 非正規雇用の増加と生涯未婚率には関連が認められていますし、非正規の人が親の介護で仕事を辞めることを余儀なくされ、親が他界したあとに仕事に就けないことも少なくありません。

●訪問介護が「家族の穴」を埋める現状

 つまるところ、単身世帯は貧困のリスク、孤立するリスクが極めて高いのです。2005年のOECDによる調査では、日本の社会的孤立の割合はOECD加盟国の中で最も高く、友達や同僚たちと過ごすことが「まれ」あるいは「ない」と答えた人の割合は、男性16.7%、女性14.0%でした(全体の平均は6.7%)。

 平均以下の5%だった英国では20年1月に「孤独担当大臣」が誕生し、ドイツでも孤独に苦しむ国民が増えていることから「孤独対策の担当省の設置を!」という意見も出てきているといいます。

 かたや日本はどうでしょうか? 非正規と正社員の賃金格差は一向に改善されませんし、孤立する人たちへの支援も民間やNPO頼みで国の支援は手薄です。高齢者の介護も「家族、家族、家族」と家族で介護する方針が進められていますが、最後の砦といわれる訪問介護の人たちが「家族の穴」を埋めているのが現状です。

 しかし、その介護の現場もコロナ禍で崩壊寸前。というか、今なんらかの支援策を早急に打たないことには、完全に崩壊しかねない状況にある。

 訪問介護職員の総数は約43万3000人で、7割近くが非常勤、約4割が60歳以上。65歳以上は約2割です(厚生労働省「介護サービス施設・事業所調査」2017年)。肉体的にも精神的にもハードな仕事なので、年齢を理由に退職する人も多く、4割を占める60歳以上のヘルパーは今後10年のうちにほとんどが引退する可能性が高いため、人手不足が解消する見込みはほぼありません。

●40年前の理念を掲げ続けている

 そもそも日本の社会保障は、さかのぼること40年前の1979年、大平正芳首相のときに自民党が掲げた政策方針である「日本型福祉社会」が現在でも踏襲されています。

 日本型福祉社会の社会福祉の担い手は企業と家族であり、「結果の平等」を追求するような政策は「堕落の構造」を生むという考えに基づいています。北欧に代表される「政府型」や、米国に代表される「民間(市場)型」じゃない、「とにもかくにも、“家族”でよろしく!」という独自路線の福祉政策が日本型福祉社会です。

 1986年に『厚生白書 昭和61年版』として発表された社会保障制度の基本原則では、上記の「日本型福祉社会」の視点をさらに明確化し、「『健全な社会』とは、個人の自立・自助が基本で、それを家庭、地域社会が支え、さらに公的部門が支援する『三重構造』の社会である、という理念にもとづく」と明記。2006年に政府がまとめた「今後の社会保障の在り方について」でも、40年前と全く同じことが書かれています。

 想像以上のピッチで高齢化が進み、家族の稼ぎ手も家族のカタチも変わったのに、40年前と同じ理念を掲げ続けている。ライフスタイルの変化にも全く即していないのです。その“ひずみ”がコロナ禍で表面化した。「パンドラの箱」が開いてしまったのです。

(河合薫)