久しぶりにエンジンの話の続きを書こう。ICE編その3である。

・いまさら聞けない自動車の動力源の話 ICE編 1

・53年排ガス規制との戦い いまさら聞けない自動車の動力源 ICE編 2

 前回は、不可能と思われた厳しい「昭和53年規制」をクリアするために、各社がそれぞれどんな技術を編み出したか。そして、それらが結局、コスト対効果によって、電子制御インジェクターと酸化還元触媒へと収斂(しゅうれん)して、技術的スタンダードが確立するまでを説明した。

 もともと、この昭和48・50・53年規制は、米国で先行していた大気浄化法改正法(通称マスキー法)への対応だった。すでに60年代から徐々に北米マーケットへと進出しつつあった日本車にとって、北米マーケットで販売できなくなることは、成長エンジンを失うことだった。

●北米における日本車の夜明け

 当時の米国は、文句なく世界最大の自動車マーケットであり、突出した巨大マーケットだった。米国での売り上げトップ3であるGM、フォード、クライスラーが、自動的に世界のビッグ3になる時代である。だからこそ日本の自動車メーカーは、不退転の覚悟で技術改良に挑み、規制をクリアした。

 ところが、当の米国では、ビッグ3の激しいロビー運動によって、規制が骨抜きにされた。ビッグ3を擁護するわけではないが、この時点で、マスキー法をクリアするのは不可能とするのが常識的な見方であり、日本国内でも日産とトヨタという両巨頭は、目標値が下げられることを織り込んでいた節がある。

 しかしながら番狂わせが起こる。スバル、ホンダ、マツダがこれらの規制をそれぞれの独自技術でクリアしてしまった。こうなると「不可能」という言葉は説得力を失い、「やればできる」ことが証明されてしまった。その結果、北米で大幅に下方修正した数値が、日本国内ではそのまま据え置かれることになった。

 となれば、日和見をしていた日産とトヨタも、自社の技術が劣っていると思われないためにも、排ガス対策に本気にならねばならなくなった。お題目に過ぎなかったはずの規制を本気にした結果、蓋(ふた)を開けてみれば、世界中の自動車メーカーの中で、日本の自動車メーカーだけが、クリーンで低燃費なクルマを作る技術を習得したのである。

●低排出ガスと省燃費のさらなる進化

 低排出ガスと省燃費を達成した国内自動車メーカー各社は、次に、排ガス規制で失われたパワーを取り戻すチャレンジを始める。

 まずはインジェクションの吸気流量計の精度向上である。酸化還元触媒が、精密な空燃比コントールを求めるものであるとすれば、これは当然の流れである。インジェクションが採用され始めた当初、吸気通路にフラップを置いて、そのフラップの角度変化によって、吸気量を測定する方式が採用された。しかしながらこのフラップが吸入抵抗になり、また外気圧や気温による空気の密度差を精密に判別できない。これらの問題点を解決するために、ホットワイヤー式やカルマン渦に代表される、速度 x 密度(speed density)方式へと変わっていった。

 ホットワイヤー式は、流路に電熱線を渡し、この温度が一定になるように電流を流すと、温度維持に必要な電流量が吸気の速度 x 密度に比例する特性を利用したものだ。もう一つのカルマン渦方式では、流路に置いた三角柱の後方にできる渦の数で、吸気の速度 x 密度を測定する方法。渦の数の検出には、超音波を用いていた。

 このように、排気ガス測定モードの領域を、徹底して理論空燃比(ストイキオメトリー)にコントロールする技術を磨いていった。燃料を精密に燃やすことは、排ガスをキレイにし、燃費を向上させ、パワーも出るということで全てが理想的である。

 しかしそれはどの程度正直だったといえば、あまり正直だったとはいえない。排ガスが測定されない領域、例えば全開加速での高回転域などでは、まだ奥の手が使えるからである。それは禁断のパワー空燃比だ。理論空燃比より、燃料を増やしたリッチな混合気を作ると、純粋にパワーだけを求めるならさらなる効果が得られる。ただし、排ガスは一酸化炭素(CO)と炭化水素(HC)が急増し、燃費もガタ落ちする。カタログ燃費と実燃費が大きく乖離(かいり)する理由になっていた。

 イリーガルな領域ではあるが、例えば最高速巡航のような場面では、さらに燃料を濃く吹いて、燃料の気化潜熱でバルブ周りの冷却まで行っていた。

●ハイテクカー

 さて、空燃比だけ良くすればパワーが出るかといえば、それほど簡単ではない。そこで取り組まれたのが高圧縮比化と、それを実現するノッキング制御である。

 80年代にクルマに興味があった人ならば、DOHC 4バルブが急速に普及していった時代を覚えているだろう。当時4弁式のヘッドは、吸排気バルブの開口面積拡大のためだと説明されることが多かったが、実はもっと大きな理由が存在した。それはセンタープラグレイアウトである。燃焼室の中央に点火プラグを設置することこそが、4弁式の本来の狙いだった。

 ノッキングが起きるのは、プラグによって着火された混合気が燃え広がる間にプラグから離れた場所の混合気が燃焼ガスによってどんどん圧縮されて、圧縮圧力によって自己着火してしまうからだ。あまりに高圧になった混合気は、爆轟(ばぐごう、燃焼速度が速くなり過ぎて衝撃波が発生すること)に陥り、燃焼室の金属表面を覆う低温の境界層を吹き飛ばしてしまうため、高温の燃焼ガスが直接金属に触れて溶かしてしまう。

 この状況を避けるためには、プラグからシリンダー壁までの距離を一定にそろえるのが効果的だ。プラグが片側に寄っていれば、反対側までの延焼距離が伸びて爆轟に至りやすくなる。だから遠近差を作らないようにプラグを中央配置するのだ。当時のことを覚えている人なら、トヨタのハイメカツインカムが記憶にあるだろう。スポーツユニットでも何でもないエンジンをDOHC4バルブにしたのは、プラグを中央配置にして圧縮比を上げ、熱効率を改善するためだ。

 こうやってエンジンそのものの耐ノック製を向上させた上で、ノックセンサーを採用した。従来はノッキングリスクのある条件では、無条件で点火タイミングを遅らせていたのだが、そんなことをすれば着火が圧縮上死点から遅れ、当然実質的な圧縮比を落とすことになる。

 点火タイミングの進角・遅角は、2つの仕組みでコントロールされている。エンジン回転の増減で遠心式の重りが動く仕組みと、吸気管の負圧で作動するダイヤフラムだ。この2種の仕掛けで、圧縮上死点に対して、点火タイミングを前後にズラす制御が可能になる。

 遠心力と負圧を利用してうまいこと制御しているのだが、それは擬似的な相関関係に依存しているだけで、本当にノッキングぎりぎりに制御したいならば、ノッキング自体をセンシングするしかない。そこで点火プラグとヘッドの間に、圧力センサーを挟み込むことにした。

 プラグの先端は燃焼室に突き出しているから、そこには燃焼圧の変化が振動として伝わる。ノッキング特有の振動を圧力変化として感知するセンサーがあれば、ノッキングの観測が可能である。ノッキングによってもたらされる害は、燃焼室内面の融解なので、1サイクルでしっかり検知し、遅角させれば実害はない。

 こうして日本車は新たな評価を手に入れた。ハイテクカーとしての憧れである。アメリカ進出時は「安かろう、悪かろう」と謗(そし)られたクルマが、「壊れなくて燃費が良い」と評価され、ついに80年代にはそのハイテクでジャパンブランドを築き上げた。

 しかしエンジンの進化はまだまだ終わりではない。この連載はまだまだ続く。