「いきなり!ステーキ」の再建へ向けて、運営元のペッパーフードサービスが大ナタをふるっている。

 2020年2月に74店を閉店すると発表したばかりだったところへ、さらに114店舗を加えて計188店舗を年内に閉店すると発表、全従業員の4分の1を占める200人の希望退職者を募る。また、不振が続くNYの「IKINARI!STEAK」を運営する子会社も清算して、米国からも完全撤退するという。

 ペッパーフードサービスと言えば、少し前に「ペッパーランチ」事業を投資ファンドへ売却するニュースもあった。26年前に開業してから同社の成長を支え、16の国と地域への進出も成功したこの看板フランチャイズを手放したのも、その売却益を「いきなり!ステーキ」に突っ込むため。つまりは、200人規模のリストラも、会社のルーツともいうべき事業の売却も、すべては低迷する「いきなり!ステーキ」を復活させるためなのだ。

 個人的には、ここまで血を流したのだから、どうにかピンチを脱していただきたいと心から願っている。が、その一方で、このような「いきなり!ステーキ」事業への経営資源の集中、つまりは「一本足打法経営」には、なんともビミョーなものを感じている。

 労働現場が急速にブラック化して、有能な人材、特に若い人たちが逃げるように会社を去ってしまう恐れがあるからだ。「テキトーなことを言うな!」とお叱りを受けるかもしれないが、カンや思いつきで述べているわけではない。過去を振り返ってみると、「いきなり!ステーキ」事業に前のめりになればなるほど、若い人たちが去っている事実があるのだ。

 『就職四季報』(東洋経済新報社)の中に「3年後離職率」というデータがのっている。これは要するに、3年前に新卒入社した者が会社からどれだけ去ったのかを示す割合で、就職活動をする大学生たちが企業のブラックぶりをチェックするひとつの指標となっている。

 もちろん、会社を辞めるのは個々の事情によるところが大きいが、時間と費用をかけて採用して、手取り足取り育てていくはずの新卒がバタバタ辞めていく会社というのは、「さて、今年の新人は何人が生き残るかな」なんて前近代的なシゴキがまかり通っていたり、次々と心身を壊す者が続出するハードな労働環境であったり、と「何かしら問題のある企業」が多いのだ。

●ペッパーフードサービスの「3年後離職率」

 では、ペッパーフードサービスの「3年後離職率」はどうか。まず、13年に「いきなり!ステーキ」事業がスタートする前を見てみよう。『就職四季報 中堅・中小企業版2014年版』によれば、3年後離職率は「33.3%」とある。09年4月に男子2人と女子4人を採用して3年を経た12年4月までに、その中の女子2人が退社したので定着率は66.6%というわけだ。

 ちなみに、これは外食産業において、それほど悪い数値ではない。例えば、最近はすっかり「ホワイト化」に成功したと評されるワタミの3年後離職率は「40%」だ。串カツ田中が新卒の離職率を下げるため、手厚い研修を行う新人が働く店舗や専門部署をつくったように、他業種よりも給料が安く、休日に働くことも多い外食産業にとって若者の離職は頭の痛い問題だ。そんな中で「33.3%」はかなり善戦をしていると言っていい。

 では、13年に銀座で「いきなり!ステーキ」の1号店がオープンしてからどうなったのか。ほとんどの年は「不明、未定、非公表」となっているが、『就職四季報 優良・中堅企業版2020年版』に意外な数値が出ている。なんと、3年後離職率は100%――。15年4月に入社した男子1人と女子2人は、18年4月まで1人も残らず退社しているのだ。

 「たまたまこの年は根気のない若者ばっかの”不作の年”だったんじゃないの?」と思う人もいらっしゃるかもしれない。確かに3人と数が少ないのでなんとも言えないが、彼らが在職していたタインミングを考えると、これはかなり不可解な現象だ。というのも、15年から18年というのは「いきなり!ステーキ」が倍々ゲームのように店舗数を増やし、メディアからも「快進撃」なんて持ち上げられていた時期だからだ。

 そんな右肩あがりの成長企業なら、社内のムードもイケイケドンドンで活気に満ちている。新卒だって働き甲斐はあったはずだ。ならば、1人くらいは定着していてもいいはずだが、全員が会社を去っている。「不作」という言葉で片づけられない、根深い問題があるように思えてならないのだ。

●社内の常識、社外の非常識

 では、その問題とは何か。もちろん、筆者は社内にいたわけではないので、あくまで勝手な想像に過ぎないのだが、例えば「いきなり!ステーキ」の急成長で”いきなり大所帯”になったことで、それまでアットホームな雰囲気だったのが、急に組織としての厳しい規律や連帯感を求め出して社内がギスギスしてきた可能性はないだろうか。

 筆者がそう考えるのには根拠がある。「3年後離職率100%」になったこの時期に何があったのか。ペッパーフードサービスって「ブラック企業じゃないの?」と感じてしまいそうな独特の風習がスタートしているのだ。

 それは、「点呼」である。

 同社の朝礼では、一瀬邦夫社長が「番号!」と号令をかけると、社員は一人ずつ「1!」「2!」と点呼しなくてはいけない。しかも、一瀬社長が満足しない限り何度でもやり直しを命じられる。100人を超すような大人数が集う際には、うまくできるまでかなり時間がかかるが、できるまで繰り返すという。

 と聞くと、「うわっ! 完全にブラック企業じゃん」と感じる人も少なくないかもしれない。事実、18年7月29日の『坂上&指原のつぶれない店』(TBS)という番組で、この”点呼朝礼”の様子と、なぜ何度もやり直しをさせるのかという質問に、「ピシッと決まれば気持ちいいから」と答える一瀬社長の屈託のない笑顔が放映されるや、SNS上で「ブラックすぎる」と批判が殺到したのだ。

 もちろん、一瀬社長からすれば、この点呼はブラックのブの字もない清く正しい取り組みだ。19年3月20日の社内報の中で、当初は店長会議で人数を知るために始めたことだが、今ではペッパーフードサービスの社風をつくる上で欠かすことのできない、独自の取り組みだと、以下のように誇らしげに語っている。

 「途中でつっかえるとまた最初からやり直しになり、それを何度も命じられるのです。このようなことから、発声トーンの声出し練習、連帯感の共有、更に身体と脳のスイッチがオンされる瞬間がきます。(中略)私たち外食産業で点呼が日常で行われている会社を私は知りません」

●社員に「連帯感」を持たせる

 では、そんな唯一無二の点呼カルチャーはいつから始まったのかというと、同じ社内報の中で一瀬社長ご自身が振り返ったところによれば、「この点呼を始めてから4〜5年経つ」という。つまり、「3年後離職率100%」の新人たちが入社したあたりから「点呼」という独特のカルチャーが誕生しているのだ。

 ここまで言えば、カンのいい方は筆者がなにを言わんとしているのか分かっていただけたのではないか。

 「いきなり!ステーキ」の店舗が急速に拡大していく中で当然、社員も急速に増えていく。「ペッパーランチ」を運営していたとき100人程度だった従業員は、400人、500人と急速に増えていった。このような”大所帯”になると、それまでやっていた一瀬社長の「個人商店」のようなマネジメントは通用しない。異なるキャリアや企業文化を経た中途社員のほうが古参社員よりも数が増えていくので、これがペッパーフードサービスで働くということだと社風を叩き込む教育が必要になってくる。

 そこで、一瀬社長が始めたのが「点呼」だった。が、テレビで放映されて炎上したことからも分かるように、今の時代にそのような高度経済成長期の企業戦士のようなノリは、どうしても「ブラック」に見えてしまう。以前から社長に仕えている古参の社員は文句も言わず、何度でも点呼するだろう。しかし、SNSでさまざまな情報を得て、ブラック企業という問題に敏感な若者世代はどうか。

 「もうついていけない、早めに辞めよう」――。そう思うのではないか。

 実際、この世代間ギャップがかなり深いのは、同じ社内報にある他の記述からもうかがえる。一瀬社長は今や900人を超える会社になったということで、「この社内報を全員に読んで欲しいとの思いから感想文の提出をルール化してきました」とサラリと述べている。しかし、就職活動をする学生にブラック企業の見極め方を教えるようなサイトの中には、社長の著作などの感想文を書かせて提出させるような会社は「ブラック企業」だと断定しているようなものもあるのだ。

●社員に送られた「お願い」

 では、このようなギャップがなぜ広まってしまったのかというと、やはり「いきなり!ステーキ」が原因のように思える。安くて質のいいステーキを日本のどこでも食べれるようにする、というビジョンを掲げた「いきなり!ステーキ」事業は、コック出身の一瀬社長からすれば、経営者としてなしえたい大仕事だ。だからこそ、その成功のために社員にこれまで以上の「連帯感」を求める。それが「点呼」であり、「感想文提出」だ。

 もちろん、一瀬社長からすればこれは社員なら当然のことであって、ブラック企業だなんだと言われるのは、非常に不本意だろう。しかし、これから「いきなり!ステーキ」再建のために欠かすことのできない、若い人材たちはそう受け取らないのではないか。

 それを象徴するのが昨年末にSNSで話題になった、一瀬社長から社員に向けて送られた「お願い」である。

 『「いきなりステーキ」も「ペッパーランチ」も全国に展開しています。実家が地方の方にも、同居されていない方にも、是非美味しいステーキを食べに来て頂きたいと連絡してみて下さい。社長からのお願いです』

 両親や兄弟、友人を喜ばすくらいに満面の笑みで接客をしなさいといった話をしていたかと思いきや、働く店があるのは幸せなことなので、その幸せの象徴が潰れないように、両親、兄弟、友人を店に呼んでカネを落としてもらいなさいというのだ。

 もちろん、これも一瀬社長にとっては「いきなり!ステーキ」再建のため、全社員が「連帯感」を持つためには必要な施策なのだろう。しかし、この社長の「お願い」もSNSでは、「家族を呼べなんてブラックすぎる」「潰れそうな会社の典型的行動」と批判されてしまうように、社員を「離職」に導く材料になってしまう恐れもあるのではないか。

●不可能なことでも「がんばればできる」

 筆者はこの12年あまり、報道対策アドバイザーをしてきた関係で、ピンチに陥った経営者の方とお話をさせていただく機会がよくあった。そこで気付いたのは、平時にはデータを重視して、客観的かつ冷静に経営をしているような方であっても、不測の事態や、想定外のピンチに陥ると途端に「精神論」に傾倒する人がちょいちょいいることだ。

 冷静になって考えてみれば不可能なことでも「がんばればできる」とか、社員の心も離れてボロボロなのに「こんな時だからこそ一致団結だ」などとさらに士気が下がるようなことを口走ってしまう。経営者として判断すべきことを先延ばしにして、苦しい局面を「社員のがんばり」で乗り切ろうとするのだ。

 似たような店がでてきたことで、価格的にも、肉の品質的にも明確に差別化ができなくなってしまった「いきなり!ステーキ」の復活も、「社員のがんばり」で達成させることは難しい。まず、必要なのは、今回手放してしまう「ペッパーランチ」のように、競合が真似できない独自のポジションを築くことだ。そういう環境整備をすることなく、働く人たちに「結果がでないのは、たるんでいるからだ」と叱責する会社を、世間では「ブラック企業」と呼ぶ。

 「いきなり!ステーキ」の一本足打法経営も、あまり精神論に傾くことなく、業態を根本から見直すことも含めた綿密なマーケティングに基づいた再建を期待したい。

(窪田順生)