新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、従業員の感染防止策として、多くの企業でテレワークの導入が進んだ。パーソル総合研究所が全国の就業者を対象に行ったアンケート調査によれば、テレワークの実施率は3月9日〜15日の期間が13.2%だったのに対し、7都府県の緊急事態宣言後(4月10日〜12日)には27.9%と倍増した。

 テレワークに移行した従業員の満足度も高く、コロナ収束後のテレワーク継続希望率は69.4%だった。特に若い年代や女性の間で継続希望率が高く、20代女性では79.3%に達している。テレワークは感染症対策としてだけでなく、多様な働き方を可能にする仕組みとして支持されているといえるだろう(むしろ後者の方が従来掲げられてきた価値だったわけだが)。

 しかしこの調査では、気になる傾向も出ている。テレワーク実施率が、緊急事態宣言解除後の5月29日〜6月2日の期間に、25.7%と若干ながら減少したのだ。「テレワークを行っていたが現在出社している理由」では「テレワークを行える業務ではない」(35.7%)がトップだった。これは仕方のないところがあるだろうが、第2位は「テレワーク制度が整備されていない」(30.3%)、第3位は「テレワークのためのICT環境が整備されていない」(21.4%)で、制度や環境面での不備が挙げられている。

 新型コロナウイルスのさらなる感染拡大、いわゆる「第2波」の可能性は否定できず、その存在を前提とする世界「ウィズコロナ」の到来に備えなければならないという指摘もある。また、感染症対策だけがテレワークの目的ではない。新型コロナ新規感染者数の減少はテレワーク終了のシグナルではなく、むしろ時間的な猶予が得られたと捉えて、テレワークの制度・環境面の整備を加速させるべきだろう。

●テレワークがうまくいかない理由

 Basecampという、プロジェクト管理Webサービスがある。便利で手軽に使えるとして人気のツールだが、運営するBasecamp社は、創業当時から徹底したテレワークを導入してきた企業としても知られている。その経営者であるジェイソン・フリードと、デイヴィッド・ハイネマイヤー・ハンソンは、自社でテレワークを成功させた秘訣を、Remote: Office Not Require(リモート:オフィスは不要)という本にまとめている(『強いチームはオフィスを捨てる』というタイトルで邦訳も出ている)。

 彼らは同書の中で、テレワークに対する批判は誤解に基づくものがほとんどであり、現在のITがあれば、組織の大小を問わず問題を克服できると主張している。ではなぜテレワークに対する抵抗があったり、うまくいかないケースがあったりするのか。

 その大きな理由の一つは、既存の職場環境や業務の仕組みが、テレワークを前提としない中で形成されてきたためだ。朝起きて通勤電車に乗り、1時間離れた場所で夜まで仕事、退社後は上司や同僚と一杯飲んで帰る――という仕事スタイル(あるいは生活スタイル)は、現在のようなIT環境が存在しなかった何十年も前に確立されたものだ。しかしいったん根付いてしまった生活習慣や制度、社会の仕組みやインフラ、あるいは社内文化や慣習などが変化するスピードは、急速に進化するITとは比べものにならないほど遅い。それこそが乗り越えるべき壁なのだ、と彼らは指摘している。

 テレワークを導入するというと、どうしてもWeb会議システムやコラボレーションツールの導入、あるいはVPNなどのインフラ整備といった議論に終始してしまいがちだ。確かにそれは重要な点だが、単に遠隔で仕事やコミュニケーションできる環境をつくれば終わりというものではない。むしろ「テレワーク=職場の構造改革」であると捉え、全体的な変革に取り組む必要がある。

 いまゼロから組織を立ち上げるとしたら、さまざまなITの活用を前提としてどのような理想像が描けるかを考えてみるのだ。その必要性は、ウィズコロナという全く新しい世界に直面しようとしている今、非常に高まっているといえるだろう。

●遠隔地にいる従業員を、適切に評価できるのか

 ちょうどいま、デジタルトランスフォーメーション(DX)という概念にも注目が集まっている。これは企業内の幅広い業務をデジタル化することで、同時に業務改革を成し遂げ、従来は得られなかった価値や競争優位性を実現しようというものだ。テレワーク導入と同時に、その価値を最大限引き出せるような組織改革も推進できる可能性がある。

 具体的な例で考えてみよう。テレワークによってWeb会議サービスへの注目度が大きく高まったが、中でも知名度が上がったのが「Zoom」だろう。2020年4月末時点での話だが、19年末からのたった4カ月間で、Zoomの1日当たりの会議参加者数は1000万人から3億人以上へと急成長したと報じられている。

 離れた場所にいる相手とリアルタイムで打ち合わせするには、電話会議やWeb会議のようなツールを利用するしかない。しかしその利用を前提とすることで、さまざまな付加価値を実現することができる。その一つが、AIによる議事録の自動作成だ。

 音声認識技術によるリアルタイム書き起こしツールを提供しているOtter.aiは、Zoomで行われているWeb会議の書き起こしを作成する機能「ライブビデオミーティングノート」を4月に発表した。上記の映像は、そのデモンストレーションだ。参加者が発話するのと同時に、その内容がテキストに変換され、右側のスペースに表示されているのが分かるだろう。利用者は表示されたテキストを修正したり、必要があれば画像を添付したりして、その場で議事録をまとめることができる。

 従来も音声の自動書き起こしツールは存在していたが、リアルでの打ち合わせでおもむろにマイクやスマートフォンを取り出して記録を始めるというのは、心理的な抵抗がある、手間がかかるといったハードルがあった。しかし会議がデジタル環境で行われることが前提となれば、AIが書き起こしを行うことが当たり前になり、会議終了直後に決定事項が共有されるというのがスタンダードとなるだろう。業務の効率化やスピードアップが実現できるはずだ。

 ミーティングにおける意思疎通が、音声と同時に文字でも行われるということは、聴覚に問題を抱える人々にとっても朗報だ。この仕組みがスタンダードになれば、より多くの参加者から、より多くの知見を得るチャンスが広がるだろう。

 もう一つの可能性を挙げよう。人事マネジメント・コンサルティング会社のマーサーは19年に発表したレポートで、従業員のパフォーマンス評価でAIがより重要な役割を演じるようになるだろう、と指摘している。近年、AI技術がさらに進歩し、人事業務を自動化したり支援したりするAI製品がそろいつつあるという理由もあるが、さまざまな業務がデジタル化され、やりとりされる電子メールやテキストメッセージ、スケジュール管理ソフト上の記録などをAIが取り込むことが可能になり、より正確で詳細な判断を下せるようになったという点が大きい。

 AIはパフォーマンスを評価するだけでなく、それに基づいて、従業員がどのようなアクションを取るべきかを個々に提案することが可能だ。どんなに有能なマネジャーでも、管理する部下の数が多くなれば、個々の作業を逐一分析してアドバイスすることなどできない。しかしAIであれば、どんなに数が増えても対応できる。

 テレワークが導入されると、多くの作業がデジタルプラットフォーム上で行われることになる。これはパフォーマンス評価を行うAIが参考にできるデータが増えることを意味し、AIから得られるアドバイスもさらに適切なものになるだろう。そしてそれは、テレワークが導入される際に多くの管理者が抱く「遠隔地にいる従業員を適切に評価できるのか」という懸念を解決するだけでなく、世界各国から参加してくる、異なる文化的バックグラウンドを持つ人々を正しく評価できるかもしれない。そうなれば、より多くの優秀な人材を集めるチャンスが広がるはずだ。

●注意点は「サボる従業員」よりも……

 こうした新たな職場や制度を設計する際に、もう一つ忘れてはならないことがある。それは、新たな仕組みが生み出す、これまでには考えられなかった問題の発生だ。

 前述のBasecamp経営者らは、テレワークでは働いている「人」が目の前にいないだけに、逆に働いた「成果」が注目されるようになり(もちろんそのためには成果を重視する評価体系を整備する必要があるが)、仕事の質が上がる可能性があると述べている。

 これは素晴らしいことなのだが、新たな問題が発生している。質を高めようとするあまり、また閉館時間のあるオフィスビルではなく自宅でずっと作業できるのをいいことに、昼夜を問わず働くようになる人がでてくるかもしれないのだ。従ってテレワークが機能したときに注意しなければならないのは、サボる従業員が出てくることよりも、燃え尽きる従業員が出てくることだと彼らは指摘している。

 前述の通り、評価の問題については、AIなどの支援ツールを導入することで解決できる可能性が高い。しかしこうした構造改革に伴う問題は、実際に制度が動き始めてみないと気付かない。従って、問題を事前に検討する一方で、あらゆるリスクを事前につぶそうとすることに労力を注ぐよりも、問題が発生したときにいち早く察知・対処できる体制を整えておくことが重要だ。具体的には、社員が気軽に問い合わせできるサポート窓口の開設や、なるべく短い間隔で定期的に検証を行うチームの設置、制度を柔軟に変えられる意思決定構造の整備などが挙げられるだろう。

 実際にテレワークを行っている現場から得られるフィードバックは重要だ。筆者の周囲でも、20年に予定されていた東京オリンピックに備えてテレワークを試験的に導入し、洗い出した問題点に対処していたことで、新型コロナ対策としてのテレワーク導入に成功した企業がいくつか存在している。

 そもそも組織改革としてのテレワーク導入は、一朝一夕に完了するものではない。関連組織だけでなく経営陣とも連携しながら、長期的な視野で取り組みを進めてほしい。