急激なダイエットは瞬間風速的に体重を減少させることができるが、時間が経過すると元の体重にすぐに戻ってしまうことが多い。いわゆる、「リバウンド」というやつだが、日本のテレワークにも同じような現象が起きているようだ。

 コロナ時代の新しい働き方ということで、テレワークを導入する企業が急激に増えたのだが、その反動なのか、経済活動が本格的に再開し始めるにつれて、テレワークの実施率が落ちてきているのだ。

 3月からテレワーク実施率を定点観測しているパーソル総合研究所によれば、3月から4月にかけて2倍以上の増加をみせていたものの、5月下旬の緊急事態宣言解除後に急落。5月の最終金曜日は30.5%だったものが、6月1日の月曜日になると23.0%まで落ち込んだという。

 実際、「通勤電車の混雑」というコロナ以前の日常風景も徐々に戻りつつあるようで、Twitterではぎゅうぎゅうに混み合った車内の写真を投稿し、「ホストクラブよりも三密」という出勤への不安を口にする人も少なくない。

 トヨタ自動車、日立製作所、NTT、キリンホールディングスなど在宅勤務を拡大する企業や、富士通のように通勤定期代まで廃止する企業が続々と現れている一方で、なぜこのようなテレワーク化のぶり返し、「テレワークリバウンド」が発生しているのか。

 専門家に言わせると、これはデジタル化を進めていない企業が多いからだという。まず、よく言われるのが、ハンコ業務や経理精算などの「ペーパーワーク」が仕事の中でかなりのウエイトを占めているため、会社に行かなければいけないのである。

●合理的にテレワークを敬遠

 そして、もうひとつよく指摘されるのが、「社畜」に象徴される日本のサラリーマンの意識の低さだ。

 「やっぱりリモート会議じゃ腹をわって話し合いができないよな」「こういうときこそ、お客さんのところにしっかりとあいさつまわりをすべきだ」なんてテレワークに後ろ向きなアナログ上司の同調圧力に屈して、テレワークでやろうと思えばやれてしまうのに、なし崩し的に出社してしまう。要するに、テレワークの利便性を、組織人としての忠誠心がチャラにしてしまっているというのだ。

 実際、ネットのビジネス記事の中には、テレワークが定着しないのは、経営者や管理職の意識が低いからだとして、そのような会社は心を入れ替えて反省すべきだと主張するような啓蒙(けいもう)的ものが少なくない。ただ、そういう分析にケチをつけるわけではないが、withコロナ時代のオフィスに意識高い系おじさんが増えたとしても、日本全体のテレワークの普及率はそこまで劇的に上がることはないだろう。

 企業のテレワークは、「意識」などというふわっとした話に後押しされるようなものではなく、ごくごくシンプルに「会社の規模」と密接な関係があるからだ。具体的に言うと、大企業はテレワークをスムーズに導入できるが、会社の規模が小さくなればなるほどテレワークの導入が困難になっていくのだ。

 そう聞くと、「ウチの会社は社員10人でもテレワークを導入しているぞ!」とか「社員50人ほどの中小企業だが、テレワークを導入したら仕事の生産性が劇的に上がった」と反論をする方もいらっしゃるだろうが、そういう個別の話ではなく、日本全体で見ると、明らかにそのような傾向が確認されており、「意識をあげる」などという根性論では解決できない構造的な問題が見て取れるのだ。

 例えば、中小企業の団体である東京商工会議所が、2020年3月に実施したテレワーク導入率の調査が分かりやすい。従業員数300人以上の企業は57.1%。これが、50人以上300人未満の企業になると28.2%、50人未満の企業になると、なんとわずか14.4%しかない。

 この傾向は、新型コロナという「劇薬」がもたらされても、そこまで変わらなかった。コンカーが、ビジネスパーソン1032人を対象に「緊急事態宣言の間、テレワークできましたか?」という質問をしたところ、従業員1000人以上の企業で働く人の72%は「週1回以上できた」と答えたのに対し、1000人未満の中小企業では55%の人が「ほとんど〜全くできなかった」と回答している。

 ちょっと考えればこれは当然だ。小さな会社になればなるほど、設備投資にカネをかけられない。ましてやテレワークは導入すればチャリンチャリンと金を生むような投資ではないので後回しにされがちだ。

 また、中小企業になればなるほどペーパーレス化やセキュリティ環境の整備なども進んでいないので、「テレワークをしない」選択をしたほうが会社としては懐が痛まない。これまで通りに社員に出社してもらって、これまで通りに働いてもらったほうがめんどくさいことが少なくて、目の前の仕事に集中できる。要するに、小さな会社になればなるほど、合理的判断に基づいてテレワークを敬遠する傾向があるのだ。

●「新しい働き方」として定着しない

 では、そんな「あえてテレワーク化を進めない会社」が日本にどれくらいあるのかというと、419.8万社もある。

 421万ある日本企業の中で、「中小企業」は99.7%を占めており、大企業はわずか0.3%しかない。従業者数4013万人で見れば、大企業で働く人は3割を占める1229万人とそれなりのボリュームがあるので、なんとなく世の中的にはテレワークが普及している印象を受けてしまうが、実は残り7割の従業者2784万人は「あえてテレワーク化を進めない会社」にいる。

 つまり、在宅勤務を拡大しているトヨタや日立やキリンという会社は実は超マイノリティーであって、この国では「コロナでもテレワークをしない」「緊急事態宣言も解除されたからテレワークはもういいか」という選択をする中小企業のほうが圧倒的大多数を占めているのだ。

 それは言い換えれば、このような産業構造が変わらない限り、日本のテレワークが「新しい働き方」として定着しないということだ。パンデミックや自然災害のときに瞬間風速的に普及率は上がっても、テレワークをそこまで必要としていない小さい会社が多いがゆえ、時間が経過すれば「リバウンド」するからだ。

 「そんなことはない! これからの時代は中小企業でもテレワークをやらなくてはいけないのだ」という怒りのクレームが、テレワーク導入サポートをするような企業から寄せられそうだが、そのような方たちのビジネスを邪魔するつもりは毛頭ない。テレワークを広めるためにも、「意識をあげよう」みたいなおかしな精神論にすがるのではなく、普及を阻む原因をしっかりと見極めるべきだ、と申し上げたいだけである。

 なぜなら、この問題が精神論で片付けられないのは、同じくテレワーク普及率が低い他国を見れば明らかだからだ。NTTデータ経営研究所の「情報未来」(20年7月号)の中にある「働き方改革とウィズコロナ」というレポートに掲載された、総務省などのデータをもとにしている「各国のテレワーク導入状況(企業導入率)」というグラフが分かりやすい

 85%とダントツなのが米国で、次いでイギリス(38.2%)、ドイツ(21.9%)、フランス(14.0%)と続いて日本は13.9%とかなり低いのだが、それよりもさらにガクンと導入率が少ないのがイタリア(5.3%)と韓国(1.0%)である。

●小さな会社が多い国

 では、なぜこれらの2カ国はテレワークが普及していなかったのか。日本のようなハンコ業務があるからか。「とにかく雨が降ろうと槍が降ろうと会社に定時出社するのがサラリーマンの鏡」のような社畜文化があるからか。

 そうではない、実はこの2カ国は「小さな会社が多い国」として知られているのだ。

 『「日本経済が成長しないのは、中小企業が多いから」は本当か』の中で詳しく紹介したが、伝説のアナリストとして知られるデービッド・アトキンソン氏が、OECDのデータを基にして「従業員20人未満の企業で働く人の割合」の国際比較をしたところ、イタリアは30.9%だった。同じ指標で日本が20.5%ということを踏まえると、「小さな会社」がかなりあることがうかがえよう。

 一方、韓国も小さい会社のパラダイスだ。韓国経済研究院(韓経研)によると、17年12月末の韓国の企業数は310万9159社で、そのうち大企業は2716社しかなく、310万強は中小零細企業である。労働者は日本の4割程度しかいない韓国に、日本とそれほど変わらない中小零細企業が溢れていることからも、日本よりも小さな会社で働く人の割合が高いことは容易に想像できよう。ちなみに、韓国の大企業比率は、OECD加盟34カ国のうち33番目という小ささである。

 「小さな会社が多い国」はテレワークが普及しない。このシビアな現実を逆説的な証明しているのが、米国だ。

 85%とダントツにテレワークが進んでいるのは、「経営者や管理職の意識が高い」わけではない。OECDデータに基づいた「従業員250人以上の企業で働く人の割合」で見ると米国はダントツに高い。米国でテレワークが普及しているのは、「大企業が多い」という産業構造に基づいた科学的な現象なのだ。

 それはつまり、テレワークの普及というのは、「意識をあげよう」とか「新しい働き方を定着させよう」といった精神論では乗り越えられない問題なのだ。

 もちろん、イタリアも韓国も新型コロナの影響で今はテレワークの普及は劇的に進んでいる。しかし、だからといって、これが定着するのかというと疑問だ。日本同様に「小さい会社の割合が高い」という産業構造は何も変わっていないので、日本のテレワークが一過性のムーブメントで終わろうとしているように、イタリアや韓国のテレワークも時間の経過とともにコロナ以前に戻ってしまう可能性が高いのである。

●産業構造を変えなくてはいけない

 日本企業のテレワーク化についての議論を見ていると、このような産業構造に基づいた視点は少ない。「テレワークをすれば中小企業でも生産性が上がるからやるべきだ!」というようなバラ色の未来を唱えたり、日本の企業文化を「時代遅れだ」「ブラックだ」と延々とディスったりと「ふわっとした議論」が多い印象だ。

 本当にテレワークを定着させたいのなら、産業構造を変えなくてはいけない。日本では「中小企業保護」の名目で、小さな会社は成長しないで、小さなままでいると税金的なメリットもあるし、なんやかんやと助成金ももらえる。そういう小さな会社でい続けることのインセンティブがある限り、日本の産業構造は変わらない。それは裏を返せば、小さな会社の「延命」に金を出すのではなく、「成長」にインセンティブをつけて大きな企業の比率を増やしていけば、日本のテレワークも普及していく。

 新型コロナ以降、データや科学に基づかない「ふわっとした議論」が増えてきている。死者や重症者は激減しているのに、無症状の新規感染者数が増えているだけで、「第二波の到来だ!」「緊急事態宣言だ!」と必要以上に恐怖をあおるマスコミや、感染者や感染の広がるエリアを「諸悪の根源」なんてディスる人は、その典型だ。

 志村けんさんや、岡江久美子さんが亡くなったと朝から晩までマスコミが取り上げると、「言われてみれば、私もちょっとだるいかも」なんて感じで、自治体や医療機関に検査希望者が殺到して現場がパンクしたように、人はどうしても「恐怖」をあおられると、軽いパニックになって、冷静に物事を考えられななくなるのだ。

 こんなときだからこそ、「怖い」「憎い」という感情に支配されて、誰かを引きずり落とすことに頭がいっぱいになるのではなく、起きている現象を冷静に分析して、データに基づいた判断をすることがより必要になってくるのではないか。

(窪田順生)