多くの読者はすでにハリアーが今年の大注目モデルであること、そして売れ行き的にもとんでもないことになっていることをご存知のことと思う。7月17日にトヨタから発表された受注状況は、それ自体がちょっとしたニュースになっている。

●受注金額1800億円

 6月17日に発売されたハリアーは、ちょうど1カ月で4万5000台という注文数に達した。事前予約があったにせよ、この数字はすごい。そもそもの月販目標台数は3100台だから概ね15倍ということになる。

 これだけ売れているクルマなので、たまにはバイヤーズガイド的にグレード構成の話を書いておこう。

 パワートレーンはガソリンユニットとハイブリッドの2種類。どちらのパワートレーンでも全グレードにFFとAWDが用意され、ハイブリッドではその方式がE-Fourになる。内装であるトリムの違いは、下からS、G、Zの3グレードだが、GとZにはレザーパッケージが用意されることを加味すれば、実質的には5グレードになる。トヨタによれば「売れ筋はハイブリッドのFFモデル」とのことだが、トリムの内訳は特にコメントされていない。

 FFの標準シートモデルで価格を比べれば、装備が簡素化されたベースグレードのSで358万円。ある程度の装備を与えられた実質的なお買い得モデルのGで400万円。先代でもウリになっていた、静電タッチパネルの空調スイッチが付いたZを選べば452万円となる。もちろんレザーパッケージやE-Fourを選べばもっと高くなる。最高値はハイブリッドのZに皮トリムとE-Fourを加えた504万円だ。

 順当に考えて、おそらく販売台数のかなりが400万円オーバーということになる。

 仮に平均価格を控えめに400万円としても、ハリアーの単月予約金額は1800億円相当ということになる。年間売り上げ30兆円の巨人=トヨタの中でも、その0.6%に相当する。繰り返すがそれを国内の単一車種が単月で売ったわけで、トヨタの歴史の中でももしかしたら記録かもしれない。

 まあそのへんは、あくまでも受注数で、生産能力には限界があるから、現実的に売り上げが確定する販売台数では、そこまで飛躍した数字にはならないはずだ。実際、おそらく新型と旧型が混じっているであろう自販連の6月の販売台数は4239台となっている。7月の数字がどこまで伸びるのかはちょっと注目だ。

 「アフターコロナの時代、自動車は生き残れるのか?」という問いがあるとすれば、6月の各社の数字を見る限り、まあ大丈夫だといえそうだ。もちろん社によって回復レベルの差はある。しかしトヨタが5月の決算で「アフターコロナの時代に日本経済の牽引(けんいん)役を務める」という意志を見せたことについては、少なくともうウソにはならなそうで、ハリアーの4万5000台はそのひとつの象徴だ。

●ベストトヨタ

 さて、この4万5000人のユーザーの買い物は正解なのか? と問われたら、おめでとうとしか言いようがない。筆者には無理だが、クルマにそれだけの金額を費やすことを是とする経済力があるなら、ハリアーはとても良い買い物だろう。

 こういうところがマーケットの面白さなのだが、コロナの影響で試乗会が延び延びになって、自動車ジャーナリストがまだ誰もクルマに触っていないうちから、ハリアー人気はすでに盛り上がっていた。Webサイトである程度の情報は発表されていたとはいえ、実車を見た人はほとんどいなかったはずなのに、不思議としかいいようがない。

 実際、筆者の幼なじみも、久しぶりに電話をかけてきたかと思えば「ハリアー買おうと思うんだけど、どう思う?」と尋ねる。RAV4から類推する限り悪くないだろうとは答えたものの、乗っていないから責任は持てないと付け加えた。不思議なことに翌日トヨタからプロトタイプ試乗会の案内が届いた。どういうタイミングなんだろうか。

 プロトタイプ試乗会から帰ってきて、彼に電話をかけたら「もう予約しちゃった」と言う。まあそれで正解だったのだけれど。

 筆者は、勝手に自由経済の凄みを感じていた。マーケットの嗅覚というのは時に根拠もなしに恐ろしく真実を引き当てる。時すでに遅しなのだが、実際に乗ってみたハリアーは「ベストトヨタ」といっていい出来だった。

 筆者が試乗時の検分で最も大事にするのは、操作と反応の整合性だ。アクセルをわずかに踏んだら、わずかに加速し、踏み足したら踏み足しただけ加速すること。それはハンドルもそうだ。ちょっと切ったらちょっと姿勢を変え、切り足したらその分回り込む。ブレーキも同じく。

 例えば「醤油(しょうゆ)差し」だ。香り付けのためにおしんこに数滴だけ垂らしたい時に怖がらずにそれができるのが正しいリニアリティだ。ドバッと出てしまうような醤油差しは要らない。ましてや逆さにした時どのくらい多く出るかは正直どうでもいい。

 クルマも同じで、緊張を伴うほど丁寧に操作しなくても、アクセル操作でコインパーキングの踏板をゆっくり乗り越えられること。乗り越えたら、輪止めにガツンと当たらないようにブレーキですっと止められること。そういうことが大事なので、全開加速は醤油差しを逆さにした時と同じでどうでもいい。まあもちろん日常生活で頻繁に使いたい加速度が出せないようでは困るが、2.5リットルのハイブリッドでそんなことになるわけもない。

●公道試乗

 しかしながら、その程度のチェックは前回の袖ヶ浦フォレストレースウェイですでに済ませている。サーキットだからって全部全開でぶっ飛ばしているわけではないのだ。

 今回の公道試乗で確かめたかったのは、もっと複雑な速度変化だ。前のクルマが加速したと判断してアクセルを踏み足しかけた瞬間、前車がブレーキを踏む。あるいは同じく前のクルマの減速度がどんどん増えていって止まるのか、と思ったところからの再加速。そういうドライバーすら裏を書かれたような場面で、ストレスなく新たな操作を受け付けてくれるかどうか。そこの性能が低いクルマに乗っていると、そういう非常識な加減速をする前車のドライバーにイライラしたりするのだ。

 という意味で、ハリアーはドライバーに緊張を強いる場面がほぼ無かった。

 もっと基本的な部分で、シートの出来もまあまあ良い。特に運転席の環境では、フットレストやペダル類、ステアリングとの位置関係や調整代がしっかりしているので、実力以上にシートの出来が良く感じる。

 多分電動調整機構以外の差は付けていないと思われる助手席では、少し様子が違った。ちょっと腰が痛くなる。じっと座っている助手席の場合、運転席のように、手足の操作で体重が分散しない分、シートだけで体を支えなくてはならないので、乗員にとってシートへの依存度がより高まるせいではないかと思う。逆にいえば、運転席も含め、まだシートにはカイゼンの余地がたくさん残っている。

 リヤシートにもまだカイゼンの余地がある。2段階の手動リクライニングを備えるリヤシートは、定位置では少しトルソアングルが寝過ぎている。ただしワンノッチ分起こせば、適正な角度になるのでこれは良い。問題は座面だ。着座時の体感では、座面の前後傾きがほぼ無い。写真で見るとあるのだが、走行時の姿勢維持をチェックすると足りているとは言い難い。後席の乗員が、ブレーキの度に足を踏ん張って体が前へ滑らないように筋力を使うのはよろしくない。

 あとちょっと座面を前上りにすれば、済む話だ。フルフラットにした時の平面性にこだっているのかもしれないが、そんな二次的性能は、座るものとしての機能をちゃんと果たしてからの話だ。これは椅子であってベッドではない。

 乗り心地は相当に良い部類。トヨタのTNGAシャシー共通の弱点は床板の振動なのだが、ハリアーはそこを及第点に収めてきた。同じシャシーを使うRAV4ではその弱点がそのまま出ていたが、ハリアーは厚いフロアマットでそこを上手く隠しているのではないかと感じた。

●絶賛炎上中のウィンカー

 新型ハリアーは、運動体としての本質の部分での素性の良さはお見事ながら、あと少し詰めきれていない部分があるのも事実だ。しかし当面のライバルであるドイツ車たちも昔のレベルではない。絶賛劣化中である。ハリアーは、価格的にいえばベンツのAやBクラス、あるいはその派生車種とぶつかる。しかし、それらドイツ車がCセグメントで、Dセグメントであるハリアーより格下にも関わらず、むしろ価格的には割高であることを勘案すれば、ハリアーはかなり魅力的に映るのではないか?

 少なくとも80年代のように、欧州車と日本車を比べた時、クルマの味では月とすっぽんだなどということはもはやない。対抗にベンツのSクラスを持ってくるような無茶をしない限り、その味の差が我慢できないから安物は買えないという理論はもう成立しなくなった。少し煽(あお)り気味にいえば「もうベンツを買ってる場合じゃありませんよ(笑)」というところか。

 ここ数年、「味」の領域で欧州車と渡り合える日本車が増えてきた。もとより信頼性と価格(価格は最近少し怪しいが)では圧勝、ハイブリッドに関しては燃費でコールド勝ち位に強い。これで味まで並べば、最後の砦を攻略したに等しい。日本車の覇権時代が再び始まる可能性は高い。

 最後にウィンカーの問題に触れよう。ボディ側面から、リアウィンドー下を巻いて走る薄いテールレンズは、ブレーキランプとテールランプがビルトインされているが、実はここにはウィンカーはない。ウィンカーは、バンパー下のメッキガーニッシュの中に組み込まれている。

 それはつまり、視認性の面でベストとはいえない位置にあることを意味する。当然「安全面でそれで良いのか」という声が起きる。

 そういうことになった理由をトヨタに説明を求めると、世の中にはさまざまなクルマがあって、リソースの配分はそれぞれに違うという。まあそれはそうだろう。そして、ハリアーにとっては、デザインは他のクルマよりプライオリティが高いところにあるのだと。法規が求める輝度の光源を、あの薄さのレンズにビルトインすることはできないのだとトヨタはいう。そういわれると、光源の性能と法規の適合の話なので、筆者は反論するだけの材料を持っていない。そういうものなのだと受け取るしかない。だからそれを前提に話を進める。

 つまり法規に従うためには、あのレンズをもっと厚くしなくてはならない。かつてのトヨタならそうしたろうし、それもひとつの回答だろう。一方で、トヨタのクルマはカッコ悪いという声もまた世の中には多い。そしてウインカーをバンパー下に移設したことで、従来のトヨタのレベルを超越したあのデザインが成立しているのだとすれば、それで納得するしかない。

 嫌なら同じシャシーを使うRAV4を選ぶこともできるし、そもそもトラックなどはウィンカーだけでなくリヤのランプ系統は全部まとめて相対的に低い位置にある。ことに軽トラのランプ類の絶対的低さは相当なことになっている。しかし、当たり前のことだが、それで特別事故が多いというデータは無いし、無論法規の定める基準には抵触していない。ベストかといわれれば、ベストではないながら、危険性を裏付けるデータもない。

 多分ハリアーのデザインがトヨタのこれまでの水準を突き抜けられたのは、八方美人を止めたからだろう。ということで筆者はいくつかのトレードオフの中で、両立しかねたのであれば、これはこれで許容できるという結論に達した。コンサバでつまらないクルマを作って来たトヨタを冷たく見ていた筆者としては、突き抜けるためにセオリーを外したことを批判できない。

 ついでにいえば、理詰めで考えてベストなものだけで構成するなら、クルマはいくつかの理想パターンに向けて収束していってしまう。個性というものは「そのエンジニアが世間の正論に異を唱え、こうすべきではないかと提示する最適なリソースの配分」だと筆者は思う。「俺の考えた最強の妥協点」なのだ。それに納得する人だけが買えばいいし、いやなら他にいくらでもクルマはあると思う。それが無くなったらつまらない。

(池田直渡)