売り上げ1兆5000億円を誇る巨大グローバル企業を一代で築き上げたカリスマ経営者が「炎上」してしまった。

 日本電産の会長・CEO(最高経営責任者)の永守重信氏が「カンブリア宮殿」(テレビ東京)のなかで、経営学部を出ても経営のことを全く知らず、税金のことも何も分からない新卒学生が多いと苦言を呈し、「名刺の出し方も知らないという人が毎年何百人も出てくる」などと発言したことがSNSなどでボコボコに叩かれているのだ。

 アンチいわく、「大学は専門教育の場でビジネスマナーを教える場ではない」「採用をした企業側が責任をもって一人前に育成するのが筋だろ」などとカリスマの考え方を全否定。「自分たちは何もしないで学生側に多くを求める日本電産はブラック企業だ!」などと激しく罵(ののし)る人たちまで現れる始末なのだ。

 ただ、永守会長をかばうわけではないが、ここまで叩かれるのもちょっと気の毒な気がしている。公式Webサイトによれば日本電産には、モーターカレッジ(技術研修)、階層別研修、各種語学研修、通信教育、一人前認定3カ年育成プログラムなど人材育成にも力を入れてきた。つまり、これまで多くの新卒学生を迎え入れて、一人前に育ててきたうえで至った考えなのである。

 おまけに、単に言いっぱなしで批判をしているわけでもない。実は永守会長は2018年に京都学園大学(現・京都先端科学大学)の理事長に就任している。単なる名誉職でしょと思うかもしれないが、「自分の最後の仕事が人材教育」(ダイヤモンドオンライン 2018年8月1日)と宣言して私財も100億円以上投じるなど、ガチで大学教育の改革へ乗り出しているのだ。受け取り方は人それぞれだろうが、以下のようなダイナミックな信念も持っていらっしゃる。

 『今の日本の偏差値に偏重した教育は、根本的に間違っている。若者を駄目にしている。でもそれをいくら文部科学省に言ったところで何も変わらない。だったら自分で大学をつくって、こうやったら素晴らしい人材が育つということを証明してみせようと思った』(同上)

●日本の大学生は「異常」

 「カンブリア宮殿」の発言を受けて、「だったらお前が大学をつくって人材育成してみろ!」と批判する人たちもいたが、実はとっくにそちらへ参入していたというわけである。

 という話を聞いても、なお永守会長への怒りがおさまらない方もたくさんいらっしゃるだろう。「大学経営にのり出したのならなおさら、教育は企業のためにあるべきではないことを勉強しろ!」とか「企業の即戦力を育てる就職予備校になったら、もはやそれは大学ではない!」という声が聞こえてきそうだ。

 お気持ちは、よく分かる。が、その一方で、企業側が「即戦力になる新卒」を求めることは、そんなに悪いことなのかしらと思ってしまう部分もあるのも事実だ。海外に目を向けると、企業が大学を卒業した若者たちを採用するうえで最も重視しているポイントは、「即戦力になるか否か」だからだ。

 専攻や研究内容など、大学で学んだことが自社で生かせるのかどうかが大きなポイントになる。また、職種によっては実務経験がないと話にならないので、多くの学生が長期休暇にはインターンシップに参加する。もちろん、成績もガッツリ重視される。つまり、世界では、企業が「即戦力の新卒」を求めても世間から石を投げられることはなく、大学生たちも「即戦力」を目指して勉学だけではなく実務経験も重ねているのが当たり前なのだ。

 しかし、ご存じのように、日本はそうではない。企業が重視をするのは、大学で何を学んだかとか実務経験ではなく、コミュニケーション能力や協調性。そして何よりも「2〜3年でサクっと辞めないで、上司の命令に素直に従ういい組織人になれるか」が大きなポイントになる。

 「子どものころからこういう仕事をするのが夢でした」なんて「思い」をぶつけたり、「アメフト部でコーチの命令は絶対に従ってました」とか「海外でボランティアをして見聞を広めました」なんて実務と関係のない自己PRで採用をされる日本の大学生は、世界的にみてもかなり「異常」なのだ。

●日本独自の採用カルチャー

 なぜこうなってしまうのか。もうお分かりだろう、「新卒一括採用」という日本独自の企業採用カルチャーが原因だ。

 とにかく3月に卒業した学生を、4月には社会人として受け入れなくてはいけない暗黙のルールがあるので、企業側はとにかく計画通りに採用をすることで頭がいっぱいになる。即戦力かどうかなんて贅沢(ぜいたく)は言えず、スキルのない新卒であっても予定通りに入社してもらうことが大切になるのだ。

 また、学生側もとにかくこのベルトコンベアーに乗り遅れないことが重要なので、実務スキルを磨くどころではない。自己PR、面接の練習、学科試験という「企業に選ばれるコツ」を体得するだけでいっぱいいっぱいなのだ。

 つまり、「新卒一括採用」という全国統一の採用スケジュールがビタっと固定されてしまっていることで、企業側も学生のスキルや実務経験を評価する余裕がなくなり、面接での好感度や、「こいつは伸びそうだな」という採用担当者のカンに頼ったフィーリングカップルのようなノリになってしまっているのだ。

 という話をすると必ず、「新卒採用は日本だけではない」という指摘をする方たちがいらっしゃる。確かに、米国のカレッジリクルーティングなど他国でも新卒採用制度はあるが、全国津々浦々で実施しているような国はない。また、「スキルのない学生を失業させないために新卒採用があるのは暴論だ」と思うかもしれないが、これは別に筆者がそう思っているわけではなく、日本という国が正式にそう認めているのだ。

 厚生労働省人材開発統括官付 若年層・キャリア形成支援担当参事官室の「第5回 今後の若年層雇用に関する研究会 事務局説明資料」には以下のような説明がある。

 『新卒一括採用は、日本独特の企業の募集採用慣行であり、この慣行により一般の労働市場とは別に新卒者の労働市場か成立。そのため、実務に直結したスキルのない新卒者であっても、学校卒業時に失業を経ることなく就職することが可能』

 この説明を裏付けるように、資料には、OECDのデータ(18年)として、各国の15〜24歳層の失業率が掲載されている。米国8.6%、英国11.6%、フランス20.1%、ドイツ6.2%、カナダ11.1%、 イタリア32.2%、韓国10.5%、スウェーデン16.8%、スペイン34.3%と並ぶ中で、日本は3.8%である。

●若年層を失業させない「国策」的な側面

 「新卒一括採用」という制度は、「即戦力にならない若者」を企業に受け入れさせて、日本の若年層を失業させないという「国策」的な側面もあることが分かっていただけたことだろう。それは裏を返せば、このシステムは、企業を成長させるとか、日本の若者を世界で戦える人材にするとか、そういう視点は一切含まれていない。

 もともとの精神は日本という国家の「失業対策」、もっと言ってしまえば、スキルのない人たちへのセーフティネットのような意味合いなのだ。

 そんなバカなと思うかもしれないが、それはルーツを見れば明らかである。「新卒一括採用」という制度がいつ生まれたのかをたどっていくと、明治時代の官庁や軍隊に突き当たる。欧米列強に対抗して「富国強兵」という国策を進めるなかで、人口も右肩上がりで増えていく日本が当時、ドイツなどのシステムをまねたのである。

 その後、他国は時代に合わないと続々とやめていったが、日本だけはこの軍隊的な人員補充システムが残った。人口が爆発的に増えたからだ。人口が右肩あがりで増えたとき、国が最も頭を痛めるのが若年層の失業対策だ。学校をでた若者を自動的かつ効率的に労働現場へ送り込むこのシステムは、人口増の日本では非常にうまく機能したのである。

 「会社はスキルのない若者を受け入れて、手取り足取り育てなくてはいけない」という日本独自の考え方がその証左だ。

 日本の若者は、とにかくスケジュール通りに会社に入ることが重要で、入社してからぞうきん掛けをしたり、研修をしたり、怖い上司にシゴかれたりして一人前に育てばいい。この考え方は、実はまるっきり軍隊の「新兵」と同じなのだ。

 軍隊もとにかく頭数が大切なので、スキルのない若者をじゃんじゃん受け入れて鍛えあげていく。ただ、育て方が軍隊なので当然、「新兵イジメ」が起きる。日本の若者が会社で陰湿なイジメやパワハラに遭遇するのは、採用システムが軍隊を引きずっていることも大きいのだ。

 しかし、前提である人口増が崩れると、このシステムの歯車も狂い始める。日本経済も右肩あがりでなくなるので、企業も成長しない。国際競争力も落ちているので、低賃金・高サービスの原動力だった終身雇用システムも音を立てて崩れていく。計画的に退職させられないので、計画的な入社も難しい。そこで2000年代から続々と「即戦力になる新卒」が求められてきた。

●「新卒一括採用」はシステムエラー

 こういう現状を踏まえると、「即戦力になる新卒」を求める企業を、悪の組織のように目の敵にしても、なんの問題解決にもならないのは明白だ。例えば、18年2月に「朝日新聞」に掲載された「卒論ないがしろに 内定者研修」という大学教員の方による投稿があった。

 企業の内定者研修があるので、ゼミの学生がまったく授業に出られない現状を指摘し、「入社後に社員を育成するのが企業の本来の姿である」としたこの投稿がSNSで拡散され、学生や教育関係の人たちから多くの共感を得た。

 これまで述べたように、世界では企業が「即戦力になる新卒」を求めるのは常識だ。世界で戦う日本電産のようなグローバル企業になればなるほどその傾向は強くなる。授業の時間を奪われて内定者研修を叩きたい気持ちは痛いほど分かるが、その憎しみは企業に向けても何もならないのだ。

 憎むべきは、「新卒一括採用」という富国強兵の亡霊のような制度に、われわれの社会がいまだに縛られていることによって起きているシステムエラーである。

 日本電産の永守会長を「ブラック経営者だ」と叩く人たちも、必死に就職活動をしている学生たちを「海外の学生に比べてスキルがない」と批判している人たちも、実は双方とも自分たちの本当の「敵」を見誤っているのだ。

 大学教育を根底から変えると宣言をしている永守会長にはぜひとも、「新卒一括採用」というシステムエラーにも手をつけていただきたい。

(窪田順生)