日本でも中央銀行デジタル通貨(CBDC)をめぐる検討が本格化する。日本政府のいわゆる「骨太の方針」に、「中央銀行デジタル通貨を検討する」との記述が加わった。これを受け、日本の中央銀行である日本銀行はデジタル通貨検討のチームを結成した。これまで日本銀行はデジタル通貨の発行には慎重な姿勢だったが、今後は変わるかもしれない。

 その一方で、民間主導のデジタル通貨の議論も進行中だ。デジタル通貨が本格的に登場すれば、現実世界の経済システムが複数のマネー――異なる銀行の預金口座や異なる企業のポイントなど――に分断されている現状を変えることができる。「サイロ」のように分断されたシステムが並んでいる状況から、デジタル通貨で結びついたより円滑な経済へと変わる。もちろん課題は多いが、立場が異なる関係者の間で問題意識が共有されつつある。そして技術的な基盤となるブロックチェーン技術も実績が積み上がってきた。

●中央銀行デジタル通貨の「想像図」はこうだ

 「中央銀行デジタル通貨」(CBDC)と一口にいっても、その実態をはっきり示した資料は乏しい。しかも論点が多く議論が複雑になりがちである。

 この図は、各国の中央銀行をメンバーとする組織であるBIS(国際決済銀行)の資料に登場する「マネーフラワー」という図だ。4つの軸を1枚に収めた複雑な図となっている。このように中央銀行デジタル通貨を位置付けるのは大変な作業なのだ。

 そこで今回の記事では、2020年8月時点の材料をもとに、日本で登場するであろう中央銀行デジタル通貨の「想像図」を描写してみたい。専門家の議論を元に筆者が組み立てた想像図ではあるが、この想像図を今後の情報を使って修正していくことで、より実際のイメージに近づけるはずだ。

 CBDCとは「中央銀行の負債をデジタル技術で扱えるようにしたもの」である。日本で出てくるであろうCBDCでは、中央銀行の負債をデジタルトークンとして表現し(トークン型)、それが民間の銀行のシステムを経由して国民の手元まで届く(間接流通型)形態になる可能性が大きそうだ。

 ブロックチェーン技術を使えば、このようなデジタルトークンを扱うシステムを合理的に設計できる。ただし、暗号通貨(仮想通貨、暗号資産)のように、誰でも自由にアクセスできるブロックチェーンで管理する形にはならないだろう。銀行のような特定の事業者だけがアクセスできるブロックチェーンの上でトークンが管理される形になるだろう。

 ユーザーはCBDCを民間のサービス内で扱う。例えばスマートフォン上の銀行アプリや各種決済アプリ(いわゆる○○Pay)のメニューに、CBDCを扱う項目が増えるかもしれない。

 日本のCBDCの目的の一つは、デジタル化する社会のシステムがそれぞれ分断した「サイロ」にならないよう、マネーの流れを円滑にすることだ。銀行預金は違う銀行の間で相互運用性がなく、全銀システムや日銀ネットを動かさなければ送金できない。決済アプリ(○○Pay)の残高も相互に交換できない。CBDCは、現金のようにあらゆる局面で使えるユニバーサルアクセスの「お金」なので、こうした分断――「マネーの壁」を解消する目的に使える。

 もう一つのCBDCの役割は、「デジタル情報を運ぶ入れ物になること」である。暗号通貨でいうスマートコントラクトのような機能だ。デジタル証券(セキュリティトークン)とデジタル通貨の情報を組み合わせるような、新たな金融商品が登場するかもしれない。

 小口用途(リテール)向けのCBDCは、中央銀行が発行する紙幣と同等の機能を持たせる計画だ。ただし紙幣との大きな違いとして、CBDCにはマネーロンダリング防止のため本人確認(KYC)が求められるだろう。また保有額の上限を設ける形になる可能性が高い。紙幣が持つ匿名性は犯罪に使われやすい。また日本ではタンス預金の金額は膨大な額にのぼる。日本銀行によれば19年末時点で流通している紙幣の残高は112.7兆円と、19年の名目GDPの20%にも達する。紙幣のように、CBDCが巨額の「タンス預金」として死蔵される事態は避けたいと専門家らは考えている。

 これが、20年8月時点の材料でざっくりと描いた「想像図」である。不十分なものかもしれないが、少なくとも専門家が議論している内容を材料としたものだ。その議論の内容を見ていこう。

●CBDCめぐる論点は多い

 今まで説明してきたCBDC「想像図」は、現時点での専門家らの議論などを材料として「ありそうなシナリオ」を組み立てたものだ。この通りになるかどうかは、もちろん分からない。

 それでも想像図を描き出した理由は、話の見通しを良くするためだ。CBDCをめぐる議論では多くの選択肢がある。CBDCには、アカウント型(銀行口座などと同様のスタイル)とトークン型(仮想通貨、暗号資産と似たスタイル)がある。日本の専門家らの議論ではトークン型に落ち着く可能性が高そうに見える。ただし、世界の中央銀行デジタル通貨の動向がアカウント型に傾けば、結論は変わるかもしれない。

 「中央銀行がエンドユーザーに向けて直接サービスを提供するかどうか」も、一つの選択肢だ。カンボジアが実証実験を行っているCBDCの「Bakong(バコン)」は、中央銀行が決済アプリを提供するスタイルだった。

 一方、スウェーデンが実証実験を行っている「e-krona」は市中銀行を通してデジタル通貨を発行し、スマートフォンアプリの形のウォレットで扱う形態である。日本では、中央銀行が自らエンドユーザー向けサービスを提供することに対して強い抵抗感があるようだが、ここがどう決着するかは分からない。

 日本銀行の最新レポートを見る限り、中央銀行デジタル通貨のシステムにブロックチェーン技術を採用するかどうかは不透明だ。「実績が浅いブロックチェーン技術を避け、すでに実績があるJR東日本のSuicaのような形態のシステムを使おう」という議論が出てくるかもしれない。とはいえ、世界的な動向としてはデジタル通貨の実装ではブロックチェーン技術を活用する方向に進みそうだ。

 スマートフォンアプリとは別に、カードサイズの専用端末にCBDCをチャージして使う利用形態が出てくるかもしれない。日本銀行は、中央銀行デジタル通貨では紙幣と同様の機能を提供する考えから、ネットワークや電源が使えない状態でもCBDCを交換できる専用端末やオフライン決済手段の研究を行っている。ただし、この取り組みが実際に世の中に登場するかどうかは、まだ分からない。

 CBDCの目的として、諸外国では金融包摂(ファイナンシャル・インクルージョン)をまず挙げる場合が多い。銀行のサービスを受けられない人や、現金を安心して扱えない状態に置かれた人の利便性を高めるためにCBDCを発行する考え方だ。一方、日本では銀行サービスや現金の扱いに困っている人はほとんどいないという認識があり、CBDCの金融包摂の側面はあまり重視されていない。それに変わって出ている議論が、「マネーの壁」を取り払い複数の決済システムの相互運用性を高めること、それに情報の入れ物として使えることである。

 CBDCの議論で挙がっている本人確認(KYC)や保有額上限の制限は、国民から見れば不便に見えるだろう。厳しくしすぎると、不便すぎて使われないままで終わる可能性もある。

 このように議論は収束したとはいえない段階だが、少なくとも「中央銀行デジタル通貨を発行する方向で検討していく」ことで主要先進国の考えは一致している。日本がこの世界的なトレンドに逆らうことはないだろう。

●マネーとは譲渡可能な債権――専門家の議論から見えてくるもの

 ここで専門家の議論の内容を見ていきたい。いままで説明してきた「想像図」の材料となる部分である。

 7月22日、デジタル通貨を議論する学術シンポジウム「デジタル通貨と決済システムの未来」が開催された。主催は東京大学金融教育研究センター(CARF) フィンテック研究フォーラムで、東京大学大学院、日本銀行、金融庁などから論者が集まった。

 この場で行われたのは学術会議での自由な議論なので、議論の内容がそのまま日本の中央銀行デジタル通貨に結び付くとは限らない。とはいえ、専門家が何に注目しているのかを見ることは大事なことだろう。

 特に注目したいのは、このシンポジウム内で行われた日本銀行FinTechセンター長の副島豊氏による講演「決済インフラの未来と中銀デジタル通貨」、およびパネルディスカッションでの発言である。

 副島氏は「マネー(お金)とは何か、決済システムとは何か?」という問いから講演を始めた。現代のマネーは、現金と預金に大別できる。預金マネーは、本来は銀行による信用創造のためのものだった。それが決済サービスとしても使われている。これを指して副島氏は「預金マネーの2重性」と呼ぶ。

 一方、最近のキャッシュレス決済事業者(いわゆる○○Pay)では、事業者が負債として「ポイント」を発行している。信用創造はしない。「ポイントが疑似マネー化」と副島氏は指摘する。

 マネーの機能として「価値尺度、価値保存、決済」の3種類がよく挙げられる。副島氏は4番目の機能として「マネーとは譲渡可能な債権であり、それを支える信用システム、情報処理システムが動いている」と指摘した。この考え方によれば、中央銀行デジタル通貨とは「中央銀行の負債をデジタル技術で表現したもの」といえる。

 こうした前提のもと、副島氏は「マネーの壁」を指摘した。

 現実に金融システムで使われている決済システムは、階層構造を持ち中央集権的である。1層目には各銀行がそれぞれ独自に構築している勘定系システムがある。2層目は銀行間を結び送金処理を行っている全銀システム、3層目に、資金決済を確定させる日銀ネットがある。ここには「マネーの壁」が存在する。「"縦方向"には、決済システム階層の壁がある。"横方向"には、発行者=債務者が違うことによるマネーの壁がある」(副島氏)。この壁のため、複数のシステムの間での相互運用性が損なわれている。

 この「マネーの壁」の存在が、中央銀行デジタル通貨の必要性を示している。現金の大きな特徴は「ユニバーサルアクセス」、つまりどこでもみんなが使えることである。中央銀行デジタル通貨も、どこでも通用するデジタルなマネーとしての機能を備え、相互運用性を提供する。これは今までの決済システムで欠けていたものだ。

 副島氏が挙げたもう1つの必要性が、「情報のビークル(乗り物)としてのデジタル通貨」である。デジタルならではの特性といえば、価値以外のデータやプログラムを載せることもできる。これにより、デジタルならではの付加価値を持たせることが可能となる。

●中央銀行デジタル通貨の「間接流通」について議論

 副島氏はパネルディスカッションで、リテールCBDCの3種類の類型を示した。

1. 直接発行型。全国民が中央銀行に口座を持つイメージ。

2. 間接発行型。民間金融機関がマネーを発行し、価値を保証するアセットとして債務を中央銀行に持たせる。この構図は、Libraやステーブルコインと変わらない。

3. 間接流通型。現金と同様に、銀行が中央銀行の債務(ここではデジタルトークン)を在庫として仕入れ、ユーザーに渡す。

 よく議論されるのは、2. の間接発行型だが、この場合は「マネーの壁」の弱点が出てくると副島氏は指摘する。「発行体が異なれば、債務者が異なるので違うマネーとなる」

 この議論で描き出されたCBDCの姿は、「決裁手段として中央銀行が発行したデジタルトークンを使うが、決済システムは民間のサービスを使う」というものだ。中央銀行が発行した紙幣を民間の銀行がユーザーに流通させるように、中央銀行が発行したデジタルトークンを民間の銀行のシステムで流通させる。

●民間デジタル通貨も脱サイロ化を狙う

 ここまでは「マネーの壁」を取り払うものが中央銀行デジタル通貨である、という議論を見てきた。一方で、民間のデジタル通貨でも、「マネーの壁」を取り払うこと、つまり相互運用性を高めることが大きな狙いとなっている。

 民間のデジタル通貨についても見ていこう

 6月から、民間主導の「デジタル通貨勉強会」が開かれている。このメンバーは要注目の顔ぶれだ。3メガバンク(三菱UFJ銀行、三井住友銀行、みずほ銀行)、セブン銀行、NTTデータ、KDDI、IIJ、JR東日本、森・濱田松本法律事務所がメンバーとして参加。また金融庁、財務省、日本銀行、総務省、経済産業省がオブザーバとして参加する。

 座長はフューチャー取締役で元日本銀行決済機構局長の山岡浩巳氏。事務局はディーカレットが務める。集まりの名称こそ「勉強会」だが、民間主導のデジタル通貨を発行していく準備を進める集まりと見ていいだろう。

 このデジタル通貨勉強会の「第4回」の議事録には興味深い内容が記載されている。そこでは複数の銀行から成るコンソーシアムが、共通部分と各行独自部分から成るデジタル通貨決済システムを構築して運用する構想が語られている。

 先に紹介した「マネーの壁」の議論では、銀行が違えば、違う種類のマネーとなるはずである。一方、「デジタル通貨勉強会」での議論では「銀行が違えば、銀行間清算が必要なのではないか」との問いに対して、「共通部分を共有していれば、どの銀行が(デジタル通貨を)使っても価値は同じである。このため、銀行間の清算は不要という理解である」と回答している。

 これは、複数の金融機関から成るコンソーシアムが、事実上ひとつのデジタル通貨を発行するモデルといえる。いわば中央銀行の助けを借りずにマネーの壁を取り払う試みだ。

 この「デジタル通貨勉強会」ではデジタル通貨のさまざまなユースケース(応用)を検討している。例えば第3回勉強会では運送会社、コンビニエンスストア、給付金配布、保険会社と代理店間の清算、海外取引、小売・流通業のサプライチェーンを取りあげ、第4回勉強会では電力取引、製造業サプライチェーン、交通機関をクラウド化するMaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)、ファイナンスの各分野が議論にのぼった。ビジネスの多くの局面で、デジタル通貨の特性がビジネスの摩擦を減らし、ビジネスの成長に結び付くのではないかとの期待がある。

●中央銀行デジタル通貨か、民間デジタル通貨か

 デジタル通貨をめぐる議論は、論者の立ち位置によって内容が大きく変わってくる。

 中央銀行と立場が近い論者は、「CBDCは中央銀行の信用が背後にあるので非常に強いマネーであり、登場すれば民間の金融機関のビジネス、とりわけ信用創造によるマネー供給の機能を損なってしまう。したがって、発行には慎重であるべきである」といった論調である場合が多いようだ。

 一方、民間のデジタル通貨を推進する側には、より強い動機がある。デジタル通貨の登場により経済をより円滑に回し、ビジネスの成長に結びつけようとしている。基盤となるブロックチェーン技術は中央銀行も民間の銀行も同じように利用可能だ。

 蓋を開けてみれば、CBDCの発行を待たずに民間企業らが自前のシステムで経済を回していくストーリーもあり得るかもしれない。その場合でも、銀行のコンソーシアムに参加できない企業にとってはCBDCの「ユニバーサルアクセス」の側面には大きなメリットがあるだろう。