ずっと心の奥に引っ掛かっている数々の疑問が、あるときスッと一つの解に集約され、その結論が新たな問題解決の道筋になる。そんな経験はあるだろうか。例えば「歩きスマホ」「エスカレーター歩行」「急行電車の混雑」「コンビニはしご酒」「カーオーディオ」、そして「リニア中央新幹線の必要性」。これらが全て「同じ理由」につながるとしたら、新しい答えが見えるかもしれない。

●地下鉄を走る急行の意味

 「なんで地下鉄に急行があるんだろう」

 ある老舗ゲームメーカーの社長がSNSに投稿した。私が会社員時代にお世話になり、今も親しくさせていただいている。何しろ数年前の投稿で記憶が曖昧だけど、コメント欄に「所要時間は数分も変わらないのに」「目の前で通過されると残念な気持ちに」という声が寄せられていたと思う。これが今まで、心の奥に引っ掛かっていた。

 彼の言う地下鉄は都営地下鉄新宿線だ。当時のダイヤは覚えていないけれど、現在は日中の午前10時台から午後4時台まで、20分おきに急行が走る。停車駅は新宿・市ヶ谷・神保町・馬喰横山・森下・大島・船堀・本八幡。これ以外の13駅を通過する。岩本町・大島・瑞江では急行が各駅停車を追い越すダイヤが組まれている。全区間の所要時間は約29分。各駅停車は約40分だから11分も早く着く。なかなかの俊足だ。

 しかし、全区間乗り通す人は少ないかもしれない。ほとんどの人は所要時間の差が10分以内だろう。両端の駅から中心あたりの駅まで時間差は数分だ。ちなみに社長の最寄り駅の曙橋は通過する。だから先の発言になった。ラッシュ時間帯でもないのに、数分早く着くだけの急行に意味があるか。そんなの走らせるくらいなら停車して乗せてくれ……うなずける。

 「その意味はですね……」とコメントしようとして、手が止まった。都心と郊外を結ぶ大手私鉄も急行電車を走らせている。そこにはちゃんと意味がある。それを以下のように説明しようと思った。しかし、地下鉄の急行運転には当てはまらない。

 例えば東急田園都市線の場合、中央林間から渋谷への所要時間は各駅停車が66分、急行が46分で20分も差がある。これは確かに急行を選びたくなる。しかし、同じ列車で比較して、途中のたまプラーザ駅からの所要時間は各駅停車が34分、急行が28分。その差は6分だ。朝の5分は貴重、というけれど、我慢できない時間ではないと思う。それでも急行を選ぶ人が多いから混雑する。

 乗客が急行に偏るから乗降に時間がかかり、停車時間が延びて列車が遅れるという、本末転倒な状況になった。そこで東急は2007年から朝の混雑時間帯の急行をやめて、二子玉川〜渋谷間を各駅に停まる準急に格下げした。これは当時、大きな話題になった。

 都心と郊外を結ぶ大手私鉄が急行を走らせる理由は、顧客に早く行く選択肢を提供するだけではない。大手私鉄のほとんどは沿線で不動産事業を展開しているから「都心まで○分」というメリットを出したい。実際には通勤時間帯に急行がなくても、日中の急行の所要時間をアピールする。誇大広告のようなカラクリだけど、ウソではない。通勤時間で家を選ぶときはご留意願いたい。

 しかし、都心を走る地下鉄で、所要時間の短さはメリットだろうか。都営地下鉄は不動産業に関わっていない。全て各駅停車にして、乗車機会を増やした方がいいかもしれない。どうやら直通先の私鉄の要請にお付き合いしているだけと言えそうだ。大手私鉄間の都心への所要時間差の競争は、沿線の不動産部門の競争に直結している。地下鉄にとって、乗り入れ先の私鉄の人気は、そのまま集客に影響する。

 それにしても、なぜ人々は数分の所要時間短縮を望み、混雑する急行を選ぶのか。

●「歩きスマホ」「エスカレーター歩行」はなぜ?

 話は変わって、鉄道関連では「歩きスマホ」「エスカレーター歩行」がよく話題になる。鉄道事業者からどちらも「危険だから止めましょう」と呼びかけられている。歩きスマホは当人にとって危険なだけではなく、歩行速度が遅くなり通行の流れを乱す。特に下り階段で歩きスマホの人に追い付くと、勢いを抑える意識が必要だ。階段事故がいつ起きてもおかしくない。

 エスカレーターの「歩行」や「片側空け」は、私は合理的だと考えているけれど、本稿はその是非を問う趣旨ではない。本題は、「なぜ歩きスマホをするか」「なぜエスカレーターを歩行するか」である。

 昔から本を歩き読みする人がいた。私も高校時代は電車の中で文庫本を読み、続きが気になるからプラットホームや改札口でも「歩き読み」していた。あまりにも夢中になりすぎて、読みながら無意識に定期券を駅員に見せて改札口を通過した。あるとき、通学経路の定期で、全く別の路線に乗っていたことに気づいた。慌てて改札に戻り、わびて許してもらい精算したけれど、振り返ればその前に数回、無意識に改札を通過していた。それは黙っていた。たぶん駅員は私の制服姿を何度も見かけていたはずだ。

 今のように自動改札がなかった時代。有人改札口では、駅員は定期券をいちいちチェックせず、客の表情や挙動を見ていたという。不正乗車はそれで見抜けた。駅員と乗客の信頼関係ができていた。もちろん私のようなウッカリさん、あるいは確信犯もいただろう。そんな事情もあって自動改札が普及したともいえる。

 それはともかく、なぜ私は「読み歩き」をしていたか。本が好きだったというだけではない。通学時間が「退屈」だったからだ。

 全ての謎を解く鍵はこの「退屈」だ。人々は「移動時間」を「退屈で無意味」だと思っている。

●全ての謎が解けた「移動時間は無駄でしかない」

 なぜ数分早いだけの急行電車に乗りたいか。移動時間が無駄だから早く終わらせたいからだ。エスカレーター歩きも同様だ。なぜ歩きスマホをするか。移動時間が無駄だから、少しでも有益な作業・経験に使いたいからだ。これは「歩き読み」も同じ。

 移動時間は無駄という大前提で、他の疑問も解ける。例えば、カーラジオはなぜ搭載され、標準装備になったか。防災情報や交通情報を受信するためではなかった。Wikipediaによると、カーラジオの登場は1930年代である。運転中は運転に集中すべきだけど、運転者も他の乗員も退屈だ。よそ見はできないけど耳はさほど重要ではない。そこにエンターテインメントを求めた。カーラジオが普及したという前提で道路情報サービスは始まっている。

 「コンビニはしご酒」をご存じだろうか。会社の帰りにコンビニに立ち寄り、缶ビールなどを買う。しかし家に着く前に開けて飲みながら歩く。飲み切ってしまうと、またコンビニに寄って2本目を買う。この事象はバラエティ番組で見たから「流行している」は大げさかもしれない。しかし私も時々見かけるし、自分自身も帰宅時にコンビニに寄り、アイスやジュース、菓子を買い、歩きながら飲食することはある。ただ家路を歩く時間が有意義になった気がする。

 まだある。新幹線に乗ったらビールを飲まずにはいられない人、食事時間でもないのに駅弁を食べちゃう人、私もそうだ。スマホを触りたいから車内に電源がないと不満、という時世である。これらは全て、「移動は無駄な時間だから、合わせて有意義なことをしたい」だ。

 そういえば国土交通省の「電車の混雑率の目安」は、運輸省時代から「新聞を読める」「雑誌を読める」などと紹介されている。そろそろ新聞や雑誌からタブレット、スマホに置き換えた方が分かりやすいと思う。それはともかく、ずっと前から電車の移動は無駄な時間で、人々は退屈しのぎをしていた。

 人々は「時間の無駄」「時間の損」をしたくない。これを理解すると、さまざまな事象がひもとかれる、と思う。そしてこれは“商機”になる。

●移動時間を「無駄」にしない方法

 移動時間の無駄を減らす商機は3つある。「移動時間を楽しくする」「移動時間を短くする」、そして究極には「移動しない」だ。

 「移動時間を楽しくする」は、鉄道でいえば車内エンターテインメントだ。観光列車が大量に発生した理由でもある。移動を楽しくすれば目的になるし、ビジネスになる。

 駅の通路や階段を楽しくすれば歩きスマホが減るかもしれない。北風と太陽のように、電波を遮断する北風案も考えられるけれど、もっと楽しい仕掛けがあれば「スマホを見ない」という太陽案がうまくいく可能性はある。エスカレーターの頭上のスピーカーからニュースやヒットチャートの紹介が聞こえれば、歩かずに足を止めて聴くかもしれない。

 「移動時間を短くする」は、今まで多くの交通機関が努力してきた部分だ。鉄道でいえば速達列車の運転である。通勤電車の急行運転だ。東海道新幹線では時速285キロを達成し、短縮時間は3分だった。そこに価値はある。「のぞみ12本ダイヤ」は待ち時間を減らす効果がある。人々が移動を退屈だと思う限り、高速化への挑戦は終わらない。

 そして最近、抜本的な対策案が浮上した。「移動しない」だ。無駄だから移動なんてやめてしまえ。リモートワークで十分ではないか。これは強烈だ。今まで鉄道事業者が実施してきた「移動時間短縮」の努力はなんだったのか。

 これまで「通勤定期」として企業が出してくれた売り上げが「リモートワーク関連IT機器費用」「住宅手当増額」に振り向けられてしまう。鉄道事業の売り上げがIT業界や不動産業界に狙われている。前回の記事(関連記事:リモートワーク普及で迫りくる「通勤定期券」が終わる日)でも触れたように、鉄道業界はこの大変革に対応すべく模索している。

●移動の価値が上がれば「リニア中央新幹線」が必要になる

 「移動しない」という選択肢が現れたため、リニア中央新幹線の世間の見方も変わりつつあるようだ。「そもそもリニア中央新幹線は必要か」という意見は、リニア計画について報じられるたびに現れた。そして今回は移動自粛、リモートワークの進展が後押しをしている。しかし、これは短絡的すぎる。目に見える分かりやすい事象を並べて組み立てれば説得力はある。しかし、その考え方は一方的で本質を見間違える。

 世の中には「移動が必要」という場面があり、それはなくならない。ビジネスの場面でいえば、高額な取引契約、損害に対する謝罪、会社の命運を分けるような場面は、リモートでは済まない。「移動しないでたいていの用事が済む」という社会では、対面するという価値が高く評価されるだろう。

 特に今後、リモートワークが発達すればするほど、VIPのなりすまし犯罪は増える。例えば沖電気が「POLLUXSTAR」として開発し、現在は「ヒューマンテクノシステム」が販売する「ボイスター」は、本来は「手術などで声を失う人向け」の善意で作られたシステムだ。しかし、悪用すればなりすまし可能になる。オレオレ詐欺が本人の声で実行される恐れがある。

 また、ソニー木原研究所が開発し、現在はモーションポートレート社が手掛ける「Motion Portrait」は、本人の写真をもとに、本人そっくりの表情を合成する。この2つを組み合わせれば、オンライン上でVIPと同じ顔、同じ声の人物が再現できる。もはやビデオ通話も信用できない。この両者には本人認証の厳しいセキュリティ管理が必要だ。

 筆者はIT方面も取材していた頃、間を置かずに2つの技術を別々に取材し、どちらも試させてもらった。感動すると同時に恐ろしくなった。私の声で私の意思に反したことを語るし、画面の中にもうひとりの私がいて、私に向かってにっこりと微笑んだ。

 今後、組織にとって重要な地位・業務になるほど「本人が現地に存在すること」が重要になる。「移動しない」という選択肢は重要度の低い仕事であり、重要が高くなるほど「移動時間を短くする」が必要になる。あなたがリニア中央新幹線に乗りたくないとしても、会社にとってあなたがVIPであればリニアに乗せる。なぜなら、あなたの移動は必要であり、移動時間は無駄だからだ。

●「リニアは要らない」という人の「価値」は低い

 今、東京〜大阪間は東海道新幹線で最短2時間22分だ。往復で約5時間。現地で1時間かかる用件があるとして、勤務時間のほとんどがつぶれる。企業にとってVIPが1日拘束されることは、あまり好ましくない。リニアだと東京〜大阪間は67分。往復で2時間14分。現地で1時間かかる用件があるとしても、午前中で用件は済む。リニアは乗客のためではなく、その乗客を重要だと認識する組織のためにある。

 これがもし、何百億、何千億、何兆の責任を負うVIPであれば、リニアどころではない。プライベートジェット機やヘリコプターの出番だ。しかし、日本ではそこまでの企業は多くない。東海道新幹線よりもちょっと割高で、飛行機並みに早い列車があればちょうどいい、という企業は多いだろう。

 逆に考えると、東京〜大阪間を2時間半で結ぶ東海道新幹線開業だって、当時はVIPの移動手段として価値があった。それを当時の国鉄は庶民が乗れる価格で提供し、JR東海が維持してきた。東海道新幹線の価値は、VIP向けサービスを庶民価格で提供したことだ。それをまた、リニア中央新幹線で実現しようとしている。

 「リニアは要らない」「私は乗らない」という人は、「私の時間には価値がありません」と公言しているようで、みっともない。ちなみに、東海道新幹線が建設・開業するときも、同様の論調はあったようだ。その人たちは東海道新幹線に乗らなかっただろうか。

(杉山淳一)