8月6日、トヨタは2020年度第1四半期決算を発表した。トヨタの第1四半期は、4月から6月の3カ月。となれば、この発表の焦点はもちろん新型コロナの影響だ。

 という話の前に、一度時系列を5月12日まで巻き戻そう。ゴールデンウィーク明けから一週間。まだ緊急事態宣言は解除されていない。さすがに「2週間後、東京はニューヨークのようになる」といった言説は、4月末には空振りが確定していたが、かといって、日本のコロナ対策が再評価されるのはこの時点よりまだ10日近く先で、ましてや緊急事態宣言が解除になったのは25日のことだ。

 つまりどんどんひどくなっていく恐れこそ少し弱まったが、だからといって、リカバーまでの道のりはまだ全く見えず、決死隊を1名選抜して買い物に行くような日々を国民全体が送っていた時期である。そういう状況下で迎えた19年度本決算だ。この時財務担当による決算資料の発表・説明の後に、豊田章男社長がスピーチを、さらに小林耕二執行役員と寺師茂樹執行役員を加えて質疑応答を行った。

 蓋を開けてみれば、この未曾有(みぞう)ともいえるコロナ危機からのわが国の経済復興をトヨタが担う決意表明が強くにじんだものだった。発表された肝心の決算は、概ね売り上げ30兆円、利益2兆5000億円。いってみればコロナ影響の直前決算といえるほど影響は軽微で、その内容は万全といっていい出来だった。

 しかしながら、この本決算発表時、コロナによる歴史的な経済ショックが、最低限、3-6月つまり第1四半期を直撃することはすでに誰の目にも明らかだった。さらにこの時点で、コロナが経済に与えるマイナスインパクトはリーマンショックを上回ることがほぼ確実視されていた。忘れられないのは、リーマンショックの直前の07年度決算で2兆2700億円の利益を計上したトヨタが、翌08年度決算では一転4600億円の赤字に沈んだのだ。

 5月12日の時点では、果たしていつになればコロナがピークアウトし、多少なりとも経済活動が行えるのかは神のみぞ知る状況だったことは多くの人の記憶に新しいと思う。

 この状況で、通期見通しを発表する会社はないだろう。筆者がそう思って臨んだトヨタのオンライン決算発表会で、驚いたことに、その通期見通しが発表されたのだ。

●リスクを取っても予想公表 決算に込めたメッセージ

 第一に、パンデミックの収束も、社会に与える影響の最終的な大きさも不明な中、算出が極めて困難である。第二に、おそらくはどこも見通しを出さないので、トヨタが出さなくても誰も不思議に思わない。むしろ発表する理由がないように思えた。

 デメリットならいっぱいある。まず仮に見通しが甘く、下方修正を余儀なくされるようなことがあれば、事態の深刻さに対する不明で経営陣の進退問題にだって発展しかねない。そして見通しを見誤った場合はトヨタが風を読めていないイメージを喚起し、企業のプレゼンスに傷が付くおそれすらある。経営者にとって、損しかない選択肢である。

 筆者がなぜだ? と思ったその答えはスピーチと質疑応答の中にあった。トヨタは、日本人全体が萎縮し、あるいは絶望し、不安の中で暮らす日々に対して、自らが黒字決算を出してみせると宣言することで、エールを送ったのだ。われわれは戦い続け、そしてコロナに負けない。だからみなさんもそれぞれの持ち場で、元気と勇気を出して共に戦ってください。それこそがトヨタがこの決算に込めたメッセージであった。

 ちなみにこの時点でトヨタは、販売台数のダウンを195万8000台(21.9%減)と想定していた。リーマンショックの時のマイナスが135万台(15%減)であったことと比較すると、状況はより厳しいことが一目で分かる。もしトヨタの基礎体力が当時のままなら、普通に予測して1兆円オーバーの赤字になるはずである。

 しかしながら、トヨタは5000億円のプラス見通しを発表した。なぜそんなことができるのか。それはトヨタが必死に積み上げてきた原価改善の努力とTNGAによる強靭(きょうじん)化が成果を上げたからだ。リーマンショックで赤字に沈んだことをトヨタは深く反省した。

●リーマンショックまで調子に乗っていたトヨタ

 残念ながらリーマンショックまでの10年間、トヨタは調子に乗っていた。毎年50万台水準で増産を続け、クルマの性能を無視してまで工数を削っていった。TNGAで「もっといいクルマ」を作り始めた時、それまでがウソであるかのようにボディ剛性が向上したが、大きな理由の1つはスポット溶接点の増加であった。「なるほどスポットを増やしてクルマが良くなるのはめでたいが、それ以前のクルマでそれをできなかった理由は何なのだ」と筆者はエンジニアを問い詰めた。ボディ剛性がクルマにとって大事なことなど、知らないはずはないではないか?

 さすがに簡単には答えてくれなかったので、この点には執拗(しつよう)に食い下がって聞き出した。「当時は、スポットの数を減らして原価低減を競うような風潮があったかもしれません」。顧客不在のなんとも愚かな競争である。

 ただ光明があったのは、のちにGRカンパニーへと発展する「G's」が、市販車ベースの高性能コンプリートカーを作るためにスポット増設に活路を見出し、どこにどうスポットを打つと何の性能が向上するかをひとつひとつデータ化し、それがビッグデータとなって残っていた。

 TNGA改革がスタートした時、通常市販車の開発チームは一斉にこのビッグデータの活用を始め、それが「もっといいクルマ」の実現手段の一部として機能した。後日GRチームのエンジニアに聞いたところ、最近では「もうGR用にスポットを追加する部分がなくなって困っているんです」と述べた。

 それは別の側面からも証言が上がっている。執行役員の河合満氏(当時副社長)へのインタビューから抜き出そう。

 同じものだから同じつくり方じゃないんです。モノづくりの現場から言えば、結果が同じなら過程は変えても構わない。いかにシンプルに、いかに安くするかの工夫のしようはいくらでもあります。鉄板を加工して製品にするとして、売値が変わらないなら原材料費と加工費しかカイゼンの余地はありません。購買を工夫してコストを落とすだけじゃなくて、加工のやり方でコストを落としていく、そのカイゼンが大事です。

 筆者は今このインタビューを読み返して、河合氏の大事な言葉を書き起こし漏れていることに気づいた。「結果が同じなら」とは当然「結果が違うならば話は別」という意味を含んでいる。それを河合氏はこう言った「お客さんが喜んでくれる価値が上がるなら、大変だってやるんです」。つまりスポット溶接の増加には、お客さんが喜んでくれる価値があるから手間を惜しんではいけないし、同時に結果が同じなら作り方を徹底的に変えて、コストを落としていくことが正義だと、そう言っているのだ。

 リーマンショックの時は15%の生産ダウンで、4600億円の赤字を計上したトヨタは、こういうカイゼンの積み重ねによって、販売数が21.9%ダウンしても、5000億円の利益見通しを発表できるほどに強靭化された。こういうバックストーリーを取材しようとしない大手メディアは、「2兆5000億円から5000億円への大幅ダウンの見通し」というようなセンセーショナルな見出しを付ける。東日本大震災の時の「放射能が来る!」と同じだ。いたずらに日本人の恐怖をあおり、絶望を拡散するメディアなんていらないと筆者は思う。

●勇気づけられる決算のスピーチ

 トヨタ首脳陣のスピーチと質疑応答を、筆者は新しく始めたYoutubeチャンネル「全部クルマのハナシ」のメンバーと一緒にリモートでシェアして見ていた。スピーチが終わった時「いやトヨタかっこいいね」「いいものを見せてもらった。グダグダなスピーチ(主に行政のコロナ対応)ばっかり見せられていたので、とても勇気づけられた」とひとしきり感想を述べ合った。それが普通の反応だと思う。疑う人は、少し長いが自分自身の目で確認して欲しい。リンク先の決算説明会II部の動画だ。

 さて、第1四半期の結果はどうだったのか? 前年同期と比べると、連結販売台数が231万8000台から115万8000台と半減した。営業収益は7兆7212億円から4兆6007億円へダウン。営業利益に至っては7406億円から139億円に激減している。営業利益率は9.6%から0.3%。確かに凄まじい爪痕である。

 しかしながら、われわれひとりずつの4-6月の生活はどんなものだったかを思い出して欲しい。1929年の世界恐慌は3年かかって景気が失速していったし、リーマンショックでさえ、2年越しでの収縮だった。しかしコロナでは、ある日突然巡航速度から速度ゼロへと急停止した。誰も受け身も取れていなかったし、準備も対策を用意する暇もなかった。その中で黒字決算が出ることなど誰も予想していなかったはずである。少なくともプロでこれを当てたら、むしろプロとしての常識を疑われるような結果だ。

 トヨタの利益は薄氷を踏むようなギリギリのプラスだったことは事実だが、ここをプラスで乗り越えたことは大きい。もしも赤字であったなら、徐々に回復していく売り上げで、その穴を補てんしていかなくてはならない。筆者も一応経営者の端くれなので、赤字の埋め戻しがどれほど大変なことかは痛切に味わってきた。出血を止めるだけでも大変なのに、マイナスを埋める作業は、ただ普通に戻るためだけにする賽(さい)の河原の石積みのようなものだ。だからトヨタがこの環境下で微々たるものとは言え、黒字の結果を出したことの重さはよく分かる。

 ヤリスが売れた、RAV4PHVが売れた、ハリアーが売れた。それらも大きな要因だが、それはたまたまではない。もっといいクルマづくりをコツコツと積み重ね、原価改善を営々と繰り返し、そういう総合力で、勝ち取った結果をわれわれはもっと評価すべきだと思う。

(池田直渡)