大企業の人事担当者を中心に300人近く集まった、とあるセミナーでのことです。「副業を認めている会社はありますか」という質問に、手を挙げたのは3人だけでした。ほんの2・3年前に見た光景です。

 しかし、最近のニュースを見ていると、徐々に様相が変わってきたように思います。副業に関する話題を毎日のように目にします。副業で大きな収入を得ている人がいたり、地方自治体が副業人材を積極的に求めていたり、という具合です。

 全日空(ANA)が社員の副業を認める範囲を広げ、個人業務委託形式だけでなく雇用契約を結ぶ形式も認める方針だとする報道もありました。

 そんな中、時事通信は10月6日、「みずほ、週休3〜4日制導入 12月にも、メガバンク初」と報じました。副業促進や週休3日制など、これら一連の流れについて「柔軟な働き方を選びやすい雰囲気が醸成されてきた」とポジティブに受け取ることもできます。

 「こんな働き方を待っていた!」

 そんな風に歓迎する声もあるかもしれません。ただ、企業が副業や週休3日制などの施策を打つようになった背景には、その時々で異なる事情があります。一見各社が同じ施策を打っているように見えても、狙いとするものが必ずしも同じだとは限りません。近年、企業が柔軟な施策を打つようになっている背景には、少なくとも3つの重大な変化があります。

変化(1):生産年齢人口の減少

 最初に生じた変化は、人口の減少です。総務省統計局が発表している総人口の推移を見ると、日本の人口は2010年頃から下降線をたどり続けています。

 15歳から64歳までの生産年齢人口に至っては、さらにさかのぼって1997年頃から減少を続けています。人口が減るということは当然、労働力を確保したいと思っても母数が少なくなるということです。そうなると、少ない人材を各社が取りあうことになり、競争が激しくなります。

 人口が減少に転じた2010年頃は、まだリーマンショックの影響で採用需要が抑えられていましたが、経済の回復に応じて需要が高まるとともに人手不足感が強まるようになりました。その結果、これまで十分に戦力化できていなかった主婦層やシニア層などの労働参加が促され、企業は柔軟な働き方が選択できるよう施策を打つようになりました。

変化(2):グローバル化による市場環境の激変

 もう一つの変化は、グローバル競争の激化やテクノロジーの著しい進化がもたらす厳しい市場環境です。企業は今まで以上に先が読みづらい市場の中で戦わなければならなくなりました。また、人工知能(AI)やデジタルトランスフォーメーション(DX)といったキーワードが一般用語化する中で、ITテクノロジーに長けた人材をグローバル市場の中で奪い合わなければならない状況も生じています。

 いままでの日本国内の“常識”に縛られていては太刀打ちできない環境が広がる中、思い出されるのが、経団連の中西宏明会長が発した「終身雇用はもう守れない」という言葉です。社会に出て就職したら、その1社で一生働き続けるという仕組みは制度疲労を起こしており、社会システム自体を変えて行かなければならないという考え方が示されました。

 終身雇用が守られないということは、企業と社員との関係性が柔軟になっていくということに他なりません。もう少しかみ砕くと、「1社で拘束する代わりに企業が社員の生活を守る責任を負う」という関係性から、「拘束力を弱める代わりに企業が社員の生活を守る責任も軽くする」という関係性へ変わっていくということです。

 中西経団連会長が終身雇用の限界に言及する前から、厚生労働省では副業・兼業を促進するガイドラインをまとめていました。行政施策としても、企業が競争に打ち勝つために、柔軟な働き方が選択できるようにしていくことは必然の流れだったと言えます。

 そして、忘れてはならない上に、われわれの社会にクリティカルな影響を及ぼしているのが、3つ目の変化です。

変化(3):新型コロナウイルスの感染拡大

 その、直近で生じた変化が新型コロナウイルスの感染拡大です。日本では失業者が抑えられているものの、「なぜ、失業者ではなく休業者が新型コロナで激増したのか 2つの理由」でも取り上げた通り、日本の休業者数は過去に例を見ない水準になっています。

 これら休業者の一部は今後、失業者へと転換される可能性があります。加えて、観光や飲食など、既に壊滅的ダメージを受けてしまっている業種も存在します。あらゆる企業が、存続をかけて守りに入らざるを得ない状況です。

 企業が自社を守るためにとる手段はさまざまですが、そのうちの一つが人員整理です。実際に人員整理する企業は増えています。また、整理解雇の要件を満たすレベルではないものの、先々の業績予測から人件費を下げなければならないと判断する企業もあるでしょう。給与削減や賞与カットなどを行う代わりに、社員が自らの力で収入確保しやすいように副業を認めるといった施策を取ることも選択肢に入ってくることになります。

 これら3つの背景それぞれに照らし合わせて見てみると、企業が働き手に柔軟な選択肢を提供する事情が、背景によって全く異なることも見えてきます。

●週休3日制でも、労働時間は変わらない?

 例えば週休3日制であれば、コロナ禍が発生する前からユニクロやGUなどを展開するファーストリテイリングや佐川急便などが導入しています。これらのケースは、採用難が続くことを見越して、新たな応募者を獲得したり退職を防止したりする目的から、勤務形態を柔軟にしたと考えられます。

 ただし、労働時間の総数は変わらない仕組みです。

 これらの企業では、変形労働時間制を用いた1日10時間勤務が前提で、週4日勤務すると40時間となり、8時間×5日働いた場合と同じ労働時間になるケースが多いからです。そのため、週休3日(週4日勤務)でありながら、週5日のフルタイム勤務と同等の給与が支払われます。残業割り増しが発生しづらい点などを除けば、必ずしも人件費削減につながる施策とはいえません。

みずほ銀のケースは……

 一方、冒頭で取り上げたみずほ銀行の場合は、コロナ禍を経験している中での施策であり様相が異なります。働く日数に応じて基本給が変動するからです。週5日フルタイム勤務した場合の給与を100%とすると、週休3日(週4日勤務)なら80%、週休4日(週3日勤務)なら60%と、勤務日数に応じて減少する仕組みです。

 働き手として給与は減少しますが、その分、休日が増えて労働時間も減少することで、より柔軟に時間を使うことができるようになります。その時間でうまくやりくりできる副業があれば、収入を補填することもできるでしょう。一方、企業側は週休3日にする分の人件費を削減することができます。

 働き方のバリエーションが増えることで、そこには新たな選択肢が生まれます。例えば仕事と家庭を両立させようとした場合、雇用形態を変更してパート職に切り替えたり、無理してフルタイム勤務を続けた揚げ句、退職することになったりと、不本意な思いをした人はたくさんいるはずです。そこに、週休3日制や副業という選択肢が示されれば、続けられなかったものが続けられるようになるかもしれません。

●合理的、だけど……

 その観点から捉えると、週休3日制や副業促進は合理的な施策です。企業は基本的に経済的合理性にもとづいて施策を打ちます。それは良い/悪いといった話ではなく、企業本来の性質だと言えます。しかし気を付けなければならないのは、経済的合理性が必ずしも働き手にとっての合理性と合致するとは限らない点です。

 例えば週休3日制を導入する場合、中にはそれを望まない働き手もいるかもしれません。仮に給与を減らしたくない人が、週休3日制を選ばざるを得ない状況に追い込まれて、嫌々ながら承諾するというようなことがあった場合、それは働き手にとっては不合理な施策です。さらに、将来に対しての不安が募ることになります。

 企業が経済的合理性に照らし合わせて施策を打つことは当然かもしれませんが、結果的に働き手の自由を無用に奪ったりモチベーションを下げてしまうようになってしまっては、回り回って企業側にもデメリットが生じます。そうなると本当に合理的といえるかどうかも疑わしくなります。

●経済的合理性だけではない道を探るべし

 さらに、企業が働き手に柔軟な選択肢を提供する背景には、人口減少・厳しい市場環境・コロナ禍と少なくとも3つの事情が重なっています。今はコロナ禍への対応に目が奪われがちですが、他2つの変化も厳然として存在しています。これらは入れ替わりで生じたのではなく、今も3つ同時に重なっているのです。目先の経済的合理性だけで判断してしまうと、働き手との信頼関係が損なわれ、後々大きなしっぺ返しがやってくる懸念もあります。

 今は働き方の柔軟度が高まる方向に進んでおり、そのこと自体は望ましいことだと思います。しかし、柔軟度と引き換えに将来が不安になるようでは、企業と働き手の関係性が幸せな方向に進むとは思えません。企業には経済的合理性を踏まえつつも、柔軟性と安心感を両立させる選択肢を働き手に提示する努力が求められます。

 一方で、厳しい市場環境の中、全てを企業努力だけに委ねるのは限界があります。企業が市場競争力を高め、働き手が柔軟性と安心感を両立できる社会システムの構築に向けて、政府のリーダーシップ発揮も求めたいと思います。

(川上敬太郎)