「トリキの錬金術」が規制されてまもなく、新たなGo To Eatの裏技「“無限”くら寿司」が発見された。これは、くら寿司の公式アプリからGo To Eat予約をすることで、1日2回まで、ポイントがもらえる仕組みを利用する。

 公式ホームページによれば、「家族3人の場合、3000ポイントで3000円の会計を行うと、3000円分のポイントが再びもらえる。そのポイントで3000円の会計を行う……」とあり、これを繰り返すことで、文字通り“無限”に実質無料で食事を楽しめるというわけだ。

 しかし、実質無料となる理由は、政府が財源を支出しているからに他ならない。政府が懐を痛めるということは、私たちの納めた税金がこのような“裏技”に注ぎ込まれるということを意味する。

 免許合宿や商品券付き旅行プランをはじめとしたGo To関連の各種“裏技”は、話題となった当初は、マスク転売と同じく「ルール違反ではなかったものの、モラルが問われた」事例である。今回のGo To Eatをめぐる問題もマスク転売と同様にモラルが問われるべきではないだろうか。

●“錬金術”と“無限”の違い

 “無限”の事例では、“錬金術”に苦言を呈していた鳥貴族と異なり、くら寿司側が公式サイトで大きく画像を掲示しており、利用を促す姿勢が目立つ。それではなぜ鳥貴族は、苦言を呈したのだろうか。

 “トリキの錬金術”が発掘された当時は、食事代が1000円未満でもポイント付与対象となっていた。1品のみ注文して会計をすることで、食事代が無料になるばかりか、追加で673円分のポイントがもらえることから、“錬金術”として話題となった。ところが鳥貴族側が予約サイトに支払う送客手数料は数百円といわれており、一品のみの注文では利益は赤字になる可能性すらある。予約サイトと顧客が利益を享受し、本来救済対象であったはずの鳥貴族側にほとんど給付が行き渡らないため、鳥貴族側は“錬金術”に苦言を呈したのだ。

 のちにポイント未満の食事代は対象外となり、このスキームはお蔵入りとなった。しかし、これではポイント給付額と同額の利用は未だ対象となる。

 つまりタダで何度でも食事ができる“無限”スキームは規制対象外だ。そして、“無限”の場合は、予約サイトに幾ばくかの送客手数料を支払っても利益が出る構図になる。そのため、公式サイトのTOPページで積極的に利用を促す事業者が現れることも自然なのだ。

●過度な促進は企業イメージを損なう?

 Go To Eatにおける各種の問題は、法的には何らおとがめがないのが現状だ。顧客有利な抜け穴であるため、利用者の支持も厚い。しかし災害給付としての趣旨もある“Go To”が、特定の事業者に集中すれば、中長期的には真っ当な事業者や、納税者たる国民自身の首を絞めてしまうことにつながりかねない。

 現状では、“無限”スキームに規制の手は及んでおらず、世間体や倫理面のハードルさえクリアすれば、制度を最大限「活用」できる。しかし、その本質は、本来給付が行き渡るはずであった他の事業者への支援をかすめているといっても過言ではない。

 そもそも、Go Toの本来の趣旨はコロナ禍によって影響を受けた事業者を救済するものであり、機に乗じて“もうける”ためのものではないはずだ。また、“無限”が仮に“錬金術”と同じく規制の対象となれば、鳥貴族と違って利用を促していた事業者は、ブランド名がそのまま悪名を着ることとなってしまう。これによる損失は、やもすれば裏技によって伸ばした売り上げの額を上回る可能性すらある。

●霞が関の質が下がっているのか

 ただし、このような裏技の問題点がモラル面でしか問えないということはつまり、制度設計が甘いということでもある。このような「抜け穴」が多発するGo Toの制度設計は、近年まれに見るほどの荒さであるといわざるを得ない。

 Go To Travelキャンペーンでは、一部の旅行プランに「商品券を付ける」といったスキームで旅行代金が実質無料になったり、旅行代金を上回る還元が得られたりすることが発覚し、政府が対象外とする措置を取った。ほかにもGo To Travelでは、本来、旅行や観光需要によるものではないはずの「運転免許合宿」が対象となっているという抜け穴が発覚。これにも政府は後手で「対象外」とする措置を取ることとなった。

 Go To Eatで取り上げた上記の例をみると、そもそも“無限”も“錬金”も、誰しもが即座に思いつくスキームではないか。“錬金”はポイント未満で会計を済ませるだけだし、“無限”は1000円ぴったりで会計を済ませるだけだ。霞が関の官僚はそれすらも看過するほど質が低下しているのだろうか。そうであるとも言いがたい事情も見え隠れする。

 菅総理は、自民党総裁候補であった9月中旬の選挙期間中に、内閣人事局の見直しについて、政権の決めた方向性に反対する幹部の官僚については「異動してもらう」ことを強調。また10月頭には、“学者の国会”と呼ばれる日本学術会議で、設立して初めて、推薦された学者6名の任命を見送りとし、物議を醸した。

 また、ふるさと納税制度が還元合戦になる可能性を事前に指摘したとされる、当時総務省自治税務局長の平嶋彰英氏が、官房長官時代の菅氏にその旨を上申した翌年、自治大学校長へ異例の異動となったという話もある。

 このようなトップの姿勢が、官僚に対する一種の萎縮効果をもたらし、ひいては抜け穴が目立つ制度の設計を許してしまったのではないだろうか。

 Go Toをめぐるさまざまな“裏技”で、私たちが考えるべき点は、災害による給付に乗じて過剰な利益を追求することではない。支援が必要な先に公平に行き渡るよう、思いやるモラルが必要であり、これが社会全体の利益を最大化させる。マスク転売が社会問題化した際には、同じようなテーマが問われたはずであるが、今回の事例はまさにそのモラルの問題を反芻(はんすう)していることにならないだろうか。

 そして、政府はこのような問題をモラルに委ねるのではなく、そもそもとしての抜け穴がないよう、綿密に制度設計を行うべきである。政治主導に障壁があるとすれば、政、官で自由闊達(かったつ)な意見交換を行うことを促す寛容さも求められてくるだろう。