ふるさと納税の返礼品といえば、牛肉や蟹のような地域を代表する高級食材をイメージする人も多いだろう。しかし、近年は「洋服仕立券」「レストラン食事券」「温泉利用券」のような“体験型”の返礼品が増えている。

 例えば、埼玉県北本市では市内にオーダースーツ「銀座英國屋」を展開する英國屋の縫製工場があることから、銀座英國屋の「オーダースーツ仕立て補助券」を返礼品として用意。2019年度のふるさと納税実績が県内4位となった。補助券は5年間有効で、5年分ためると高額なオーダースーツをお得に購入できる。

 また、“鎌倉シャツ”の愛称で知られる、メーカーズシャツ鎌倉のギフトカードは、発祥の地で本社所在地でもある神奈川県鎌倉市の返礼品で一番人気となっている。

 北海道白糠町は全国で4位、北海道2位と圧倒的なふるさと納税実績を誇る。同町は返礼品として、白糠町の食材を使ったコース料理を用意し、好評を博している。このコース料理は、日仏でミシュラン星付きレストランを多数展開するひらまつが経営する東京都内のレストランで提供している。

 東京都八王子市の返礼品には、鉄板料理や懐石料理のレストランを展開するうかいのレストラン食事券が登場。うかいは、八王子市が発祥の地で現在も本社を置く。うかいの展開する銀座の店では米国のトランプ大統領が食事をしたこともある。

 渋谷区でも、渋谷スクランブルスクエア展望台「渋谷スカイ」の入場券が返礼品となっている。

 兵庫県で1位の実績を持つ淡路島の洲本市では、洲本温泉の宿泊、食事、入浴の利用券を返礼品として用意するといった具合だ。

 これらの背景には何があるのか。高級食材の特産品を持たない自治体が、返礼品競争で負けないように自らの郷土の魅力を発信しようとした結果、体験型にたどり着いた側面がある。

 「わが街では、残念ながら名物和牛もいなければ、蟹も獲れない。しかし、誇るべきレストランがあるので、ご協力をお願いした」と、八王子市や渋谷区の返礼品開発担当者は口をそろえる。

 逆に、特産品が豊富にある自治体でも、体験型に魅力を見いだしている。白糠町では「白糠の食材でコース料理が組み立てられるほど、山海の幸に恵まれていることを、東京の人に実感していただける」と、宅配だけでは伝わらない、町の産業の総合力を伝えるチャンスになっていると強調する。

 返礼品を提供する企業としては、地域貢献に寄与し、売り上げも増えるメリットがある。また、「縫製職人の雇用、育成に役立っている」(英國屋・小林英毅社長)、「地域の食材を発掘できるのが大きな喜び」(ひらまつ・広報担当者)と、ふるさと納税に協力する大きな意義を見いだしている。

 ふるさと納税の新しい流れとなっている、体験型返礼品による“コト消費”について調べた。

●ふるさと納税のおかげで給料満額

 紳士服「銀座英國屋」を展開する英國屋では、埼玉県北本市の返礼品として、オーダースーツ仕立て補助券を提供している。寄付額5000円から利用可能で、150万円という高額な寄付額に対応する補助券もある。なお、補助券は、返礼品の決まりで寄付額の3割相当となっている。購入時に足りない分の差額を、顧客が支払う。東京、近畿、名古屋にある10店で使える。

 同社のフルオーダースーツは19万円(税別、以下同)からとなっているが、補助券は5年間有効。5年分をためて使う手もある。贈答も可能だ。補助券は食品と違って嵩張らず、腐らないのもポイントだ。

 フルオーダーは高額であり、50万円以上するスーツはザラにある。英國屋のスーツはエグゼクティブの仕事着として愛用されていることで定評がある。しかし、実はフルオーダーの価格はリーズナブル。それを、東京近郊の北本にある縫製工場、エイワ縫製の高い技術が支えている。

 また、10月から新しく5サイズに絞った、裏地を付けない軽量仕立てのパターンオーダーを発売。こちらは13万円からと、さらにリーズナブルになっている。

 英國屋が初めて返礼品に参入したのは、17年12月。同年はわずか半月ほどで約1700万円が集まる好調なスタート。18年は約1億2800万円、19年は約2億5300万円と順調に伸びている。19年の件数は1640件。北本市での占有率は件数で81.6%、金額で99.4%となっており、大いに貢献している。

 「若手の職人を育て、テーラー文化を後世に残したいという想いがきっかけでしたが、ここまで多くのご支援を頂けるとは想像していませんでした」と小林社長。ところが20年6月以降は、19年の2.5倍となるペースで、補助券に対する寄付が集まっている。英國屋も、4、5月の緊急事態宣言期間中は、休業を余儀なくされた。それでも、社員を解雇せずに給料を満額支払えたのは、ふるさと納税のおかげだと小林社長はしみじみ語る。

 国内の縫製工場は人件費が安い海外にどんどん移転して、空洞化している。その状況で、雇用を維持していくのは並大抵ではなく、コロナ禍で廃業してしまった工場もある。

 フルオーダースーツというと、1人で全部縫うイメージがある。しかし、英國屋の場合は全部で約200工程あるのを分解して、1人4〜5工程を担当する。この分業方式なら、職人の習熟度が、1人で縫うよりなんと100倍早くなるという。

 縫製工場では高齢化が進み、最年少で60歳というケースも少なくない。しかし、エイワ縫製では直近10年で平均年齢が10歳若返り、42歳ほどになった。約70人の社員のうち20代、30代が半分以上となった。そのような雇用創出に、返礼品による収入が活用されている。

●ワイシャツが購入できるギフトカード

 ワイシャツなどのアパレル製品が購入できる「ギフトカード」を、鎌倉市の返礼品として提案しているのが、メーカーズシャツ鎌倉(通称:鎌倉シャツ)だ。

 同社は、1993年にヴァンヂャケット出身の貞末良雄氏(現・取締役会長)が鎌倉市内にあるコンビニの2階で創業。メードインジャパンで中間流通を省き、高品質なシャツを、セールをせずにお手頃価格で売り切るビジネスモデルが顧客から支持されている。リピート率はなんと7割を超えるという。現在、国内27店、海外2店、及びオンライン通販を展開している。

 国内直営ショップ24店と通販で使えるギフトカードは、6種類ある。寄付額2万円〜50万円で、金額に応じて6000円〜1万5000円分の額面で提供される。有効期限は2年。ショッピングの際、足りない分は顧客が差額を支払えば良い。

 別途、寄付額1万円の返礼品で、20年から「シャツ屋がつくるマスク3枚セット」(3000円相当)が追加された。

 ふるさと納税に参入したきっかけは、鎌倉市の担当者が鎌倉シャツの製品を愛用していたことだった。当初は15年からパターンオーダーお仕立券を返礼品としていたが、16年11月からギフトカードに切り替わった。19年度の1番人気は、「ギフトカードNo.21000」だ。7万円の寄付で2万1000円のギフトカードが提供される。

 鎌倉市のふるさと納税額は約7億3500万円で、神奈川県の自治体では6位だ。鎌倉シャツへの返礼品申込者はそのうちの43%を占め、市内でトップの人気。金額にすれば1億円近い売り上げとなった。直営店のある、東京、神奈川、愛知、大阪在住者の申し込みが多い。

 同社では「鎌倉シャツ返礼品をお選びいただくことで、日本の繊維産業・縫製業を支えることにつながっている」と強調。「この面で、創業者の意思を継げているのをうれしく思う」と結んだ。

●レストランで味わう地方の食材

 全国でフランス料理、イタリアン料理及びカフェ29店、ホテル6施設を展開するひらまつは、パリに開いた「レストランひらまつ サンルイ アンリル」が02年に日本人オーナーとして初めてミシュランの星を獲得。国内でも複数のレストランがこれまでにミシュランの星を獲得した実績を持っており、世界的にもトップレベルのレストラングループである。

 同社では、北海道白糠町や島根県浜田市などのふるさと納税の返礼品として、地元の食材を使った料理を、東京のレストランで楽しめる食事券を提供している。

 食事券を返礼品とする企画は、16年に「ANAのふるさと納税」とタッグを組んだ取り組みから始まった。その町の食材で構成したフレンチやイタリアンの期間限定コースを、東京の系列レストランで提供し好評を博した。せっかく良い食材を返礼品としてもらっても、自宅ではうまく料理しきれないという声もあった。ひらまつの腕利きシェフたちが現地を実際に視察し、生産者と意見交換してえりすぐった食材を使用した料理である。

 また、19年からは、白糠町にふるさと納税を行った人を対象に選ばれた約350人を招待し、白糠町の食材を80%以上使ったコース料理でもてなす「ふるさと納税感謝祭」を、東京・丸の内の「サンス・エ・サヴール」で開催している。感謝祭には棚野孝夫町長も出席。寄付した人に直接、日頃の感謝を伝えた。鴨田猛料理長が、数の子やししゃもといった普段フランス料理では見かけない食材や、ジビエのエゾシカ肉を魅力的な一皿に仕上げている。

 ふるさと納税の効果は何か。同社は「新しい食材との出合いは、シェフたちのインスピレーションを刺激する。食材の新たな魅力を提案することで、地元の人たちにも喜んでもらえ、相乗効果をもたらしている」(ひらまつ・広報)と説明する。食材の発掘に寄与し、地域への貢献にもなっている。 この他にも、ひらまつは近くホテルを出店する予定となっている、長野県御代田町の返礼品として、御代田の食材を使ったコースを東京・西麻布の「レストランひらまつ レゼルヴ」にて提供した実績もある。

●税金の流出は見逃せない

 東京都八王子市の高尾山麓発祥で現在も本社があるうかいは、八王子市のふるさと納税返礼品として、洋食・和食のレストラン食事券を、2020年7月から提供し始めた。

 同社の鉄板料理「銀座うかい亭」は、17年11月にトランプ大統領と安倍晋三前首相が夕食会を行った店。八王子市ではその知名度に着目し、市内の「八王子うかい亭」食事券を返礼品にできないか、オファーした。うかいは、是非地元に貢献したいと応えた。

 12万円の寄付額で、2人のコース食事券(発行日から半年間有効、要予約)などがある。「うかい亭」はステーキを中心とする洋食なので、和食もということで「うかい竹亭」の食事券も提供している。

 同社・広報によれば「好評で、予想以上に使ってもらっている」と手ごたえは上々。うかいの返礼品は八王子まで行かないと体験できないが、紅葉の名所・高尾山もあり、密を避けた観光が可能だ。

 ふるさと納税の返礼品は、寄付額の3割・地場産品が原則であった。しかし、法制化されていなかったので、大阪府泉佐野市のように、アマゾンのギフト券を返礼品にして全国一の納税額を集める自治体が出てきた。今は法改正され、3割・地場産品が厳格化されている。

 都市部に集まりすぎる税金を地方に配分するのが、ふるさと納税の趣旨であるが、東京都23区の自治体はこの制度そのものに反対してきた。渋谷区では、ふるさと納税による流出額が26億〜28億円となり、見過ごせない状態になっている。そこで19年から、知恵を絞って、返礼品を開発して応戦する方向に舵を切ったばかりだ。

 地場の畜産品、魚介類が皆無なので、渋谷区の魅了を発信するとなれば、自ずと体験型の返礼品が主力となる。渋谷スクランブルスクエア展望施設「渋谷スカイ」利用券や、区内のカフェで使える10枚つづりコーヒーチケットなどの返礼品があり、まだまだ新しく増えていく予定だ。

 東京・多摩地区のベッドタウン、八王子市も体験型返礼品を重視。前出のうかい食事券の他、芸者衆の待合を改築した「すゞ香」にて、懐石料理と芸者さんのお座敷体験を提供している。このように、織物で栄えたかつての八王子の粋を伝える返礼品もある。

 一方、地方が体験型を提供する理由は他にもある。白糠町ではエゾシカ肉の普及を目指している。白糠町は道東、釧路市に隣接するが、雪が少なくエゾシカの越冬地になっている。1997年には3億5000万円の食害を被ったほどだ。白糠町では、エゾシカ肉をジビエとして流通させることに苦慮し、ふるさと納税の返礼品を活用して、東京のレストラン13店に提供する体制を構築した。エゾシカは高タンパク・低脂肪の赤身肉で、肉の優等生である。海産物も豊富なので、地場産品でコースが組める。生産者とレストランを直結する販売ルート開拓へとつながっている。

●販売ルートをつくるのが主眼

 兵庫県でふるさと納税額1位の洲本市は淡路島南部にあるが、アワビなどの海の幸はもちろん、淡路ビーフや淡路名産のタマネギなどの山の幸にも恵まれ、それらの食材を使った食事券を、都内10店のレストランで返礼品として出している。白糠町と同様に、市内の生産者を東京のレストランに紹介して、販売ルートをつくることに主眼が置かれている。

 また、洲本温泉の利用券を5年ほど前から寄付額に応じて多彩に用意しており、日帰り入浴、食事、宿泊などに使える。市内には「ホテルニューアワジ」などの有名ホテルがある一方で、淡路島は知っていても洲本と結び付けられない人が多いという問題もあった。市の担当者によれば、洲本の知名度を上げるためにも、実際に来てもらって、魅力に気づいてもらうことが大切と考えている。

 このように、体験型の返礼品は、地域の職人の育成、生産者の販路開拓、観光に寄与している。さらには、特産品に乏しい都市部の自治体の魅力発信にも役立っている。今年に関しては、コロナ禍で売り上げが落ちたアパレル、飲食店、ホテルなどの観光施設の需要喚起になるなど、多岐にわたる役割を果たしているのだ。

【お詫びと訂正:2020年11月26日午前5時の初出で、メーカーズシャツ鎌倉の創業者の名前と海外店舗の数に間違いがありましたので、修正しました。お詫びして訂正いたします。】

(長浜淳之介)