JR九州について、たのしい列車の話をする前に報告がある。本連載の2020年6月5日付「副業の優等生、JR九州が放置した『傾斜マンション』の罪」で取り上げたマンション「ベルヴィ香椎六番館」については建て替えが決定した。

 朝日新聞によると、7月21日に販売側のJR九州と若築建設、福岡商事の企業共同体3者が住民に直接謝罪し、対応策を示すと約束した。共同通信によると、11月8日に住民による管理組合が臨時総会を開いて建て替えを決議した。該当する建物で9割、8棟全体で8割の承認が必要だった。多くの人々に理解されて良かった。

 企業共同体はこの決定を受け、21年4月に工事着手、工期は22カ月というから、23年2月頃には建て替えが完了する。ベルヴィ香椎は8棟で構成されており、他の7棟にも瑕疵(かし)があると報じられているけれども、最大の問題だった六番館の解決をきっかけに事態は好転すると期待したい。

 私は建設・建築については専門外で、新築分譲の購入と売却の経験があるだけだ。本件については世間に無数あるマンション建設問題の一つというよりも、鉄道会社の副業におけるブランド意識をただす意図があった。安全運行の実績で培った鉄道事業者のブランドを消費者は高く評価し、副業でも同様の信頼を抱いている。それを反故(ほご)にしてはいけない。

 副業だから、JV(共同企業体)だからと放置していいはずはなく、むしろJVであればブランドを利用されたともいえる。早く、清く、毅然とした態度で対処し、ブランド低下を防ぐべきだ。要するに「もっと自社の看板を大切にしてほしい」という話である。

 この問題を早期から詳しく報じていた企業情報サイト「NET IB News」が、今度は西日本鉄道が分譲したマンションの鉄筋量不足問題も扱っており、11月19日に区分所有者が損害賠償の訴えを起こしたと報じている。西日本鉄道は不動産業でJR九州のライバルでもある。鉄筋不足問題については週刊文春がNEXCO中日本の「手抜き工事」を報じており、掘り出せばキリがないらしい。私からは「せめて鉄道会社は自社ブランドを大切にしてほしい」と願うほかない。

 では本題に戻そう。10月10日、新型観光列車「36ぷらす3」の報道関係者向け試乗会に参加した。私がJR九州に対して上記のような批判を展開したにもかかわらず、ご招待いただいた。きっと事態の解決に向けて進んでいたのだろう。そして一応の決着を見て、私も晴れ晴れとした気持ちでJR九州の観光列車ビジネスを紹介できる。

●観光列車ビジネスの先駆者、JR九州

 JR九州にとって、「D&S(デザイン&ストーリー)列車」事業は、観光列車のブランドでもあり、JR九州自体のブランド価値も上げる施策だ。その第一弾は1989年の「ゆふいんの森」だった。大都市福岡と観光地由布院・別府を結ぶルートで、既存の観光地向け優等列車のグレードアップ版だ。翌年にJR東日本が投入した「スーパービュー踊り子」も似たコンセプトといえる。

 特にビジネス戦略で見事だった施策は、九州新幹線鹿児島ルートの部分開業、全線開業に合わせた観光列車群の投入だった。九州新幹線の誘客策として、目的地として楽しめる列車を次々に投入した。この実績が日本初のハイクラスクルーズトレイン「ななつ星 in 九州」につながっている。JR九州は観光列車ビジネスの先駆者として、新たに試みを成功させてきた。

 「36ぷらす3」も斬新な列車だ。全行程は木曜から月曜までの5日間。通しで乗れる旅行商品を販売する旅行会社もある。しかし基本はバラ売り。従来のローカル線観光列車より高めの価格設定だ。私はこれを、普及価格の観光列車とクルーズトレインの隙間を埋める新市場の開拓と評価した(関連記事:観光列車は“ミッドレンジ価格帯”の時代に? 新登場「WEST EXPRESS 銀河」「36ぷらす3」の戦略)。

 そして実際に乗車してみると、JR九州の新しいチャレンジが見えた。ハッキリ言おう。「36ぷらす3」は車窓を楽しむ列車ではない。

●車窓よりも“くつろげる空間”を重視

 全国で導入される観光列車、その主な要素は「特別な車窓」「特別な設備」「特別な食事」だろう。しかし、JR九州が新たに走らせる観光列車「36ぷらす3」に試乗してみると、極端に窓が小さく、車窓を楽しむ要素が小さい。デザイナー水戸岡鋭治氏の得意技「和の空間」のコンセプトをさらに進めた内装になっている。

 小さい窓には理由がある。改造の元になった787系電車はもともと窓が小さい。787系電車は都市間連絡のビジネス特急を意図して作られたから、各座席に窓1つという新幹線車両に似た窓配置だった。観光列車改造にあたり、窓を拡大するという大工事は行わなかった。窓を広くすれば、車体の構造計算も全て変わり、補強が必要になる。そこまでの予算はかけられない。

 その小さな窓の内側に左右に開く障子の引き戸をしつらえたから、窓の開口部は半分になった。これは座席の窓の話で、マルチカーなど共有スペースの車両では、さらに上下に格子をしつらえたから、景色の見える面積は4分の1になっている。私はまず、この窓の小型化に戸惑った。そしてしばらく考えた。結論は「景色はないものとして楽しむ」だった。

 そうなると室内のしつらえに注目だ。1号車と6号車は畳敷きで、デッキから入ると上がりかまちと靴箱がある。靴のない空間はとても気持ちよくくつろげる。窓なんか小さくたって良いじゃないか。居心地の良い空間に好きな飲み物と食事があればじゅうぶん。例えるならば、ここは茶室である。客人との対話を楽しみ、ゆったりと過ごす場所だ。

 そもそも「36ぷらす3」は都市間を走る幹線の列車である。ローカル線と違い、人口密度の高い路線だ。車窓からの景色も自然の絶景より人家やビルが多い。反比例して自然の景観、名所は少ない。窓を開けたところでたいした景色はない。ならばいっそ、景色を楽しむ要素は割り切って「車内のくつろぎ、もてなしを楽しんでもらおう」だ。

●途中の停車時間を長く確保

 もちろん、車窓の魅力はゼロではない。幹線とはいえ九州の景色だ。そうした場所では長時間停車して、じっくり楽しんでもらおう、という行程になっている。例えば、私が試乗した土曜日「緑の路」コースは、宮崎空港発、宮崎発で日豊本線を走り、大分・別府に至る。九州東海岸ルートでありながら、海岸沿いの区間は短い。

 景色の見せ場は宗太郎駅と重岡駅だ。日豊本線という幹線でありながら、下りは早朝6時台に1本だけ。上りは午前6時台と午後8時台に1本で、重岡駅はなぜか午後6時台に当駅発がある。つまり、列車だけで行こうものなら、早朝に訪れて下車すると夕方以降まで帰れない。そんな訪れにくい駅だけど、山に囲まれたとても良い雰囲気だ。「36ぷらす3」は宗太郎駅で日中に10分程度、重岡駅も20分程度停車する。この2つの駅を同時に訪問し景色を楽しめるだけでも、十分に価値のある行程になっている。

 他の日程の観光停車時間は次の通り。木曜日「赤の路(博多〜鹿児島中央)」は玉名駅で約20分、熊本駅で約10分、牛ノ浜駅で約15分。金曜日「黒の路(鹿児島中央〜宮崎)」が大隅大川原駅で約50分、青井岳駅で約10分。土曜日は前述の通りで、日曜日「青の路(大分〜門司港〜博多)」が杵築駅で約15分、中津駅で約10分、門司港駅で約30分。月曜日「金の路(博多〜長崎)」は往路の佐賀駅で約13分、肥前浜駅で約60分、復路は佐賀駅で約17分。景色の良い駅もあればそれなりの駅もあるけれど、ほとんどの駅で特産品販売などが行われ、地域の人々と交流できる。

 観光停車駅のほかは車内で過ごすことになる。しかし窓は小さい。その代わり食事付きプランが設定されている。食事なし座席飲み指定プランでもビュッフェで車内販売品を購入可能。また、車内では有料の体験イベント、無料のイベントが用意されている。私が乗った土曜日コースでは梅酒造り体験があった。

●「おもてなし重視」に発想を転換

 もし、JR九州が「景色を楽しむ観光電車」を作るなら、787系電車ではなく、各駅停車用の815系、817系を使えばいい。座席4列分の大きな窓でダイナミックな車窓を楽しめる。それをあえて787系にした理由は、表向きには「デザイナーの水戸岡鋭治氏が初めて手掛けた特急形車両で観光列車を作りたい」だ。車両が余剰になったという事情もあるだろう。ただし、787系で観光列車を作るとなれば、窓の大きさが問題になる。そこで「おもてなしの空間」を重視するというコンセプトに発想を転換した。

 窓については大きな声では言えないけれど、本格的な日本の建具なので、障子戸を持ち上げれば取り外せる。しかしそれは反則だろう。障子紙が破れたら面倒だし、何よりもこの列車のコンセプトに合わない。無粋だ。

 そのかわり、車内のしつらえは上質で居心地が良く、退屈させない仕掛けが用意されている。観光の拠点都市を移動するとき、その時間と空間を楽しくする。これは今までの観光列車にはなかった隙間である。「楽しさ」と「快適さ」について、今までの観光列車とは考え方が違う。「36ぷらす3」は、移動空間をゆったり過ごしたい、同伴者とゆったり語り合いたいという、上級者向けの列車だった。

(杉山淳一)