クルマの価格が高くなったという声をよく聞く。軽自動車で200万円超えは当たり前、普通車なら500万円を超えていてもリーズナブルという表現をするメディアも見かける。

 それはある意味では正しい。しかし、本当にそうだろうか、という考えも頭をよぎる。なぜなら比較する領域があまりに狭く、クルマの過去と未来を考えていないからだ。

 以前と比べて社会保険料の負担が増加し、可処分所得が減少していることも影響しているのだろうが、庶民にクルマを買う余裕がなくなっていることは事実だ。

 国内でクルマの価格が高くなった理由はいろいろある。原料である鉄やアルミ、プラスチックなどが高くなったことに加え、昔と比べクルマに要求される要素が複雑になり、その性能の要求レベルが高くなったことも影響している。

 コンピュータによるシミュレーションを使った開発も進んでいるが、最終的には現物のパワートレインや車両の試作は避けられない。試作を専門に請け負う企業も存在するが、そうした企業も売り上げ減少により、試作以外の少量生産などに業務を拡大し始めたところもある。

 国内の自動車市場が縮小している昨今、国内向けのクルマを生産するコストが上昇してしまうことも相対的にクルマの価格を押し上げている。今後、クルマの価格はどうなっていくのか、考えたい。

●高度成長期のクルマは安かった?

 日本で最初に普及したクルマ「スバル360」は36万円だったと言われている。これだけ聞くと安く思えるが、大卒の初任給が1万円だった頃の36万円、つまり給料3年分の金額だ。

 それと比べれば、いかに現在の軽自動車が安いか分かるだろう。200万円を超えるといっても、大卒の初任給は22万円を超えるほどになっている。社会保険料などの負担も大きいが、1年分の給料で買える金額というのは、安いと言える。

 そんな高度成長期と比べるのはナンセンスだという考えもあるだろう。ではバブル期の国産車はどうだったか。

 現在でも人気のあるトヨタ「カローラレビン AE86型」は、当時の新車価格が160万円ほどだった。安いと感じる人も多いだろうが、当時のスポーティカー、それもカローラクラスではエアコンもオプション、グレードによってはパワーステアリングも付いていない(ステアフィール重視の競技ベース車両)ようなクルマだ。ABS(アンチロックブレーキシステム)なんて付いていないし、ましてや衝突被害軽減ブレーキなんてものは影も形もない。

 それと比べると、今の軽自動車はオートエアコンに電動パワステ、安全装備も各種エアバッグに衝突被害軽減ブレーキ、ACC(アダプティブクルーズコントロール)など至れり尽くせりだ。

 これは前述のバブル期ではトヨタの「マークII」三兄弟(チェイサー、クレスタ)と同程度(先進安全装備は当時はなかったが)である。装備は標準装着にすればスケールメリットによりコストダウンできるとはいえ、昔は200万円少々で高級セダンが購入できたことを考えれば、やはりクルマの価格は高くなったと言えるだろう。

 2019年に販売を終了してしまったが、マークIIの後継モデルだった「マークX」の価格は270万円台〜(最終モデル)というものだった。軽自動車と比べれば、車格や装備の面でかなりコストパフォーマンスがいいと思うのは筆者だけではないはずだ。維持費の安さから軽自動車が人気となり、セダンの不人気から販売ラインアップから消滅してしまったが、トヨタのこのクラスのクルマはコスパに優れていた。

 今でも「ハリアー」「RAV4」などはベースグレードの価格が300万円前後と比較的手頃で人気があるが、実際に購入する価格は上級グレードや限定車、オプション装備も含めれば400万円を超える。結局それなりの出費を強いられることになる。

 このあたりもトヨタは商売がうまいと思わされる。最初にベースグレードを見て「安い」と買う気を起こさせ、実際に購入する時には装備が充実したグレード、限定車などの特別な仕様を選ぶように誘導するのだ。

●スーパーカーは限定車で価格を引き上げる

 クルマの価格を引き上げているのは高級車、それも飛び切りのクルマだという見方もある。フェラーリやランボルギーニに代表されるスーパーカーブランドは、通常の生産モデルに加えてさらにプレミアムな限定車を時折リリースする。

 それは当然のごとく奪い合いになって、抽選の結果手に入れたオーナーが即転売しても利益が出るような状態になっている。

 しかもその抽選に参加できるのは、歴代のスペチアーレ(限定車)を全て購入している顧客のみという条件を付けるブランドもある。こうすることで、世界中の富裕層を相手に安定した利益を得ているのだ。富裕層にとっても、限定車を手に入れることは絶対に損をしないビジネスのようなものになりつつある。

 他にも限定車を購入する条件として、高級車を数台購入して登録し、即売却することでディーラーの登録台数稼ぎの手伝いをさせられるケースもあるようだ。

 こうした状態を見るとバブル景気を思い出すが、こうして札束で殴り合っているのは富裕層だけであり、むしろ庶民は日用品の値上げに悲鳴を上げている状態だ。日本でも格差が広がっていることを感じさせる。

●クルマが高いとユーザーも得になる?

 クルマの価格が高い方が売りやすい、という状況も生まれている。それは残存価格が高くなるため、下取りや残価設定ローンなどで有利な条件を提示しやすいからだ。

 トヨタの「アルファード/ヴェルファイア」が人気なのは、残価設定ローンを利用して購入する層が多いから、というのが理由の一つだ。大きくて高級なミニバンを少ない出費で(と本人たちは思っているが、金利負担はなかなかのものだ)乗り回せることから、残価設定ローンを利用する。

 その結果、ローンの最終回にそのクルマをディーラーに返却して、再び新型のアルファードを残価設定ローンで購入するユーザーをたくさん育てているのである。これはユーザーを囲い込めるだけでなく、良質な中古車を確保するためにも役立つ戦略だ。

 しかも前述した通り、クルマの生産コストは上昇こそすれ、下がる要素は少ない。超小型モビリティを自動車メーカーやサプライヤーなどが続々リリースすれば、低価格車両がそろうことになるが、それは望み薄といった印象だ。

 超小型モビリティは法規制の複雑さから、ベンチャーや中小のサプライヤーでは原付ミニカーとして販売する計画が多い。しかし原付ミニカーでは2人乗車ができない上に、モーターの出力も0.6キロワットに制限されることから、登坂能力や積載能力に限度がある。

 高齢ドライバーの安全対策や低炭素社会のために効果的なモビリティだと思うが、正直もうかるビジネスに成長するかは疑問だ。それだけにどこも手を出しにくい状況で、今やより手軽な特定原付の方に軸足が移っている状態だ。

●電動化とソフトウェアでクルマの価格はどうなる?

 EVは構造がシンプルなので、新興メーカーが参入しやすく、生産コストも安いという触れ込みだった。確かに構造はシンプルだが、それはECU(=コンピュータ)が働き者であるからで、その分ソフトウェアは複雑で高度になる。

 今後は、ソフトウェアがクルマの性能や機能を決定づけるSDV(ソフトウェアディファインドビークル=ソフトウェアによりアップデート可能なクルマ)が主流になっていくことは間違いない。これもクルマの価格やメンテナンス費用を引き上げる要因になるだろう。

 自動運転車が普及すれば、今の軽自動車と同じように買えるようになると思っている人も少なくないようだ。冒頭で述べた現在の軽自動車の多機能性と同じ方向性で考えているのだろう。だが、安くなる要素を見つけるのは難しい。

 中国の電子機器メーカーDJIが自動運転システムを低価格で自動車メーカーに提供すると発表したが、不安要素は中国に情報がダダ漏れになることだけではない。日本のように安全を最重視して導入に慎重になることはなく、とにかく他社より先んじて販売するのを良しとする企業の製品だということを忘れてはならない。

 クルマはドローンと違い、操縦に失敗しても機体が壊れる(それでも結構な出費であるし、落下地点に人間がいれば危険だが)だけでは済まない。EVとて何万台に1台は発火するかもしれないが、そんな確率なら仕方ない、後から補償すればいい、という考えが見え隠れするのが中国と日本の違いだ。

 EVが過当競争に入り、採算度外視の値引き合戦に突入しようとしている。これは一時的なものかもしれないが、EVが普及期に入れば再び販売競争が激化することは確実だ。企業として持続可能性のあるビジネスを考えたら、補助金や規制に頼ったやり方では長続きしないことは明白だろう。

 結局、ユーザーの需要をつかんでいかなければ、売り上げや収益は望めない。経営の基本というべき要素を中国の新興EVメーカーは全く理解していなかったから、苦戦しているのだ。

 また、EVはまだ普及期前であるから補助金や税制面での優遇措置があるが、普及するにつれ補助金は縮小し、税制上の優遇措置は解消され、いずれ今のガソリン車以上の税金が課せられるだろう。そうでなければ税収は不足し、消費税を上げ続けるしか対策はなくなる。

 今後、軽量化と生産効率化のために樹脂化、リサイクル素材の導入はさらに進む。そうした再資源化のためのコストも上昇するため、安くなる要素は限りなく少ない。安くできるとすれば自国産業を援護するための補助金か、保証など無視したような売り方しか考えられない。

 今後、庶民にとってクルマはますます経済的負担の大きなものになっていく。中国製EVが価格破壊を起こせば、それに飲み込まれてしまう自動車メーカーはいくつも出てくる。

 この先、価格だけでなく、本当のクルマの価値やメーカーの姿勢に共感して選んでもらうようにしなくては、日本や欧米の自動車メーカーの生き残りは難しいだろう。

(高根英幸)