連載:牧ノブユキのワークアラウンド(PC・スマホの周辺機器やアクセサリー業界の裏話をお届けします)

 マウスやキーボードのメーカーとして知られるロジクール(スイス企業の日本法人)が、製品の初期不良や保証期間内での故障が発生した場合に、それらを返却せずにユーザーの手元で破壊し、その動画を撮って送ることで新品と交換する手続きを取っている──というウワサがこの春先、ネットでひとしきり話題になった。

 いかに故障で使用不能になったとはいえ、ユーザーにとっては身銭を切って購入して大切に使っていた品であり、それをいきなり壊すよう指示されることに抵抗を感じるユーザーも少なくないようだ。ネット上には同じ体験をしたユーザーの声が多数アップされているが、驚きと戸惑いの声の他、対応への疑問や否定的な意見もみられる。

 編集部が同社に確認したところ、既にこの件は(少なくとも日本国内においては)見直され、2020年6月時点で行われていないとのこと。ユーザーの反応を見つつ、早いタイミングで対応を改めたようだが、筆者に言わせると、手法こそ過激ではあるものの「なるほどその手があったか」と納得できるところが多い。

 逆に、そうまでしなくてはいけなかったところに、返品交換のコスト削減に苦心する、同社をはじめとするPC周辺機器メーカーの現状が見え隠れする。今回はメーカーが直面している、返品交換にまつわる問題点について見ていこう。

●メーカーは故障品を必要としていない

 マウスやキーボード、イヤフォンなど、通電系のデバイスの中でも構造が比較的単純な製品は、たとえ初期不良や故障が発生しても修理は行われず、新品との交換になることが多い。単価が1万円もしない製品で毎回修理をしていては、利益も何もあったものではないからだ。

 ユーザーの側からすると、送り返した製品を故障の原因究明のためにしっかり役立ててほしいのが本音だろうが、不良報告が幾つか届き始めた段階でメーカー側も問題点は把握済みであり、症状の再現性が高ければ、あらためて検証する必要はない。そのため、実際には到着してもそのまま破棄していることがほとんどだ。

 それなのになぜ多くのメーカーが故障品の返送を義務付けているかというと、新品交換のエビデンスとして必要だからだ。故障品を返送せずに交換品が受け取れるのなら、ユーザーはインチキのし放題だ。少し傷がついたり、ユーザー側のミスで動作しなくなったりした品も、適当な理由をでっち上げれば、保証が切れそうになる度に新品と交換し、延々と使い続けられる。

 ちなみに当のロジクールはというと、今回話題になるよりも前、恐らく2年ほど前までは故障品の返送を義務付けていた。筆者も数年前に反応が悪くなったマウスを送付し、新品に交換してもらったことがある。今でもネットで検索すれば、初期不良や故障に寛容なロジクールの「神対応」に感謝する声は多数見つけられる。

●着払いのコストはメーカーにとって大きな負担

 とはいえメーカー側からしてみると、交換品の原価はともかく、毎回着払いで受け付けるのは、送料だけで相当なコストがかかる。

 「それならば最初からもっと頑丈な品を作ればいいじゃないか」というのは全くもって正論だが、これは外野だから言える机上の空論だ。なぜなら、ハードウェアはたとえ全数検品を行っても、使っているうちに一定の確率で故障は発生するからだ。マウスのように耐久試験まがいの使い方をする製品であればなおさらである。

 またサポート部門は設計には関与できないわけで、製品の品質を上げることも、また製品原価を下げることもできない。となると「返品交換のコストを下げろ」と言われたときに現実的にできるのは、負担になっている着払いのコストをどう減らすかということになる。

 そこで登場するのが、故障品の返送を求めずにユーザーの側で処分してもらう方法だ。こうすればメーカーは着払い送料を負担することなく、交換品の原価プラス発送費だけで済ませられる。仮に実売5000円程度の品なら、計算上はコストが3分の2、または4分の3程度に圧縮できる計算だ。廃棄にまつわるコストも浮くので万々歳である。

 だがユーザーの中には、こうしたメーカーの対応につけ込む人も少なからず存在する。前述の「延々と新品に交換」はシリアルナンバーの照合で防げても、故障を装って入手した新品をオークションサイトやフリマサイトで横流しされれば、手の施しようがない。不当に安い値段で横流しされて相場が下がれば、売り上げにも影響が出るのは確実で、メーカーはたまったものではない。

●返品交換のコストは価格に転嫁される?

 その結果として編み出されたのが、冒頭で紹介した「故障品の返送は不要、ただし確実に動かなくなったことを証明するための動画の送信を求める」という、エキセントリックな方法だったとみられる。「捨てておいてください」だけではインチキも発生しかねないので、破壊する様子を動画で撮影してもらい、それをもって証拠とするわけだ。

 こうすれば、製品の二重取りを目的に、実際には故障していない品を偽って故障と申請してくるユーザーへの対策として完璧に機能する。またデバイスがバッテリー内蔵だと、返送元が離島であればさらなるコスト増になる他、廃棄にもコストがかかるので、これで済めばメーカーにとってももうけものだ。

 といった具合に、ユーザーの反発を考慮しなければ、メーカーとしては八方丸く収まる方法だったわけだが、しかし実際には製品を自らの手で破壊することに抵抗を感じるユーザーは少なくない。幾つかの口コミを発端にしてネットで賛否両論(の否寄り)が巻き起こり、最終的に取り下げられたというのがこれまでの経緯だ。

 これまでのところ、同社が取り下げに至った理由は不明だ。売り上げに露骨な影響があったようには見えず(本稿を読むまでこの出来事自体を知らなかった人も多いだろう)、タイミングからすると春先にネットで話題になったことが引き金になったように見えるが、真相は分からない。

 ただこの手法の是非はともかくとして、現実的に失敗に終わった以上、少なくとも日本国内では、この手法は(他社も含めて)禁じ手になったとみてよい。メーカーにとって頭の痛い問題になっている返品交換のコストは依然として解決されておらず、今後露骨にではないにしても、価格に転嫁されていく可能性は十分にありそうだ。

著者:牧ノブユキ(Nobuyuki Maki)

IT機器メーカー、販売店勤務を経てコンサルへ。Googleトレンドを眺めていると1日が終わるのがもっぱらの悩み。無類のチョコミント好き。