Appleは8月4日に新型の「27インチiMac(Retina 5K, 27-inch, 2020)」を発表した。同日に受注を開始し、既に出荷も行っている。

 新型とはいえ見た目に限れば、2012年から採用を続けているデザインに一切変更がない。モデルチェンジに伴い、ディスプレイ下部にある余白がなくなり、額縁とディスプレイだけのクリーンな外観になるのかも? との期待もあっただろうが、少なくとも今回はそうしたアップデートがなかった。

 しかし、システム全体のアーキテクチャは違う。外観が従来機と区別できないほど同じである一方、システムアーテクチャは抜本的な改善が施され、(やっと)他の最新型Macと同様のハードウェア構成となった。CPUとGPUの更新による高性能化はもちろんだが、最優先で伝えるべきはハードウェア構成の変化が、どれだけiMacを変えたかという部分だ。

 iMacはAppleが販売する製品の中で、同社の技術トレンドから遠い存在だった。2012年以降、液晶パネルの高精細化は行われたが、それを除けばIntelやAMDのCPU・GPUアップデートに合わせた性能強化が主な話題だった。オプションでSSDも選べたものの、フラッシュメモリとHDDのハイブリッドメディアであるFusion Driveを採用し続けた。

 しかし、新しい27インチiMacではやっと「Apple T2」チップが搭載され、ディスプレイ仕様もリファイン。ベースモデルのストレージもFusion DriveからSSDに変わった。外観からは想像もできないほど大きなアップデートになっている。

●Apple T2チップ搭載で変化したこと

 iMacはMacの中で最も古いアーキテクチャだった。外観デザインの話ではない。唯一、T2チップが搭載されていないMacだったのだ。T2チップはセキュリティ対策チップとしてデビューし、現在でもAppleは「T2 Securityチップ」と表現しているが、その中身は(どの世代かはともかく)AppleのAシリーズプロセッサ、すなわちiPhoneなどで使われているSoC(System on a Chip)を別の形で活用しているものだと考えられている。

 T2チップの主な仕事はSSDのハンドリングだ。その際、ストレージに記録する情報の暗号化も担当しており、Intelアーキテクチャのシステムとは完全に独立した形でストレージの安全性が保たれている。

 T2がセキュリティチップといわれているゆえんだが、T2チップにはiPhoneが通常備えている他の機能も内包されている。例えばH.264コーデックのアクセラレーションで、動画圧縮時に用いることができた。

 つまりAppleがiPhone向けの投資として半導体に実装しているさまざまな要素を、Macからも利用可能にするチップがT2といえる。

 今回、27インチiMacにT2が搭載されるようになったことで、16インチMacBook ProやMacBook Airが受けていた恩恵が、iMacでも受けられるようになったということだ。

 例えば解像度が上がった内蔵カメラ「1080p FaceTime HDカメラ」は、1080p対応になっただけではなく、S/Nがよくコントラストも高い映像が得られる。

 もちろん、センサーの刷新で画素あたりの質が高くなっているのだろうが、カメラ開発競争の中にあるiPhone向けの開発成果をMacに生かしたともいえる。T2の中にはiPhoneで使われているISP(Image Signal Processor)が組み込まれ、カメラの映像をT2で処理してからMacに引き渡される仕組みになっているからだ。

 同様の成果はオーディオ面にもある。3つのマイク音声を用いて信号処理を行い品質を高めたマイクの技術は、16インチMacBook Pro以降で導入されているものと基本的には同じだ。音域バランスやS/Nもいいが、ステレオ感も豊かな音がとれるようだ。

 スピーカーの音質補正も同じ。従来も補正技術や低域の量感を補正する技術は用いられていたはずだが、それをT2が搭載する信号処理でスピーカーの音声を改善する。「Hey, Siri」がいつでも呼び出せるのもT2チップの仕業である。

●スペックは同様ながら体験レベルが向上したディスプレイ

 このように他のMacでは既に導入されていたT2チップを用いた改善が盛り込まれて「最新Mac」の世代となり、さらに最新のCPUとGPUで高性能化された27インチiMacだが、ユーザー体験の面で最も大幅に改善しているのがディスプレイだ。

 スペック上はあまり変化していない。解像度も同じ5K(5120×2880ピクセル)だから、取り立てて大きく品質が変化したわけではなく、基本的には同じパネルといって差し支えない。

 とはいうものの、5KのIPS液晶パネルに最大500nitsの最大輝度。Display-P3対応の色再現範囲、よく調整された色再現特性、保護ガラスまで接着されたフルラミネーション構造といったスペックを持つディスプレイは、そうそう見つからない。

 そして今回から、iPhoneやiPad Pro、MacBook Proなどではおなじみの「True Tone」が採用された。周囲の色温度に合わせ、自動的に表示の色温度を調整する機能だ。

 暗部階調や表示できる輝度の幅、色階調の過渡特性など画質面での基本は押さえているiMacのディスプレイだが、環境に合わせた色温度調整がTrue Toneの搭載で自動的に行われるようになり、ユーザーは意識せずにその部屋の照明環境に合った映像を楽しめる。

 Apple TV+やNetflixの映像を早速楽しんでみたが、画質面で大きく調整する必要性は感じなかった。少なくともディスプレイ一体型パソコンというカテゴリーでいえば、これ以上に映像を楽しめる製品はないと思う。

 ディスプレイに関するもう一つのアップデートが、オプション設定の「Nano-textureガラス」。Nano-textureは、いわばナノレベルの細かなすりガラスで、マット型表面処理の一種だ。前述したようにiMacは保護ガラスをフルラミネーションで液晶パネルと接着し、間に空気層がないクリアな表示が魅力の一つになっているが、そのよさを損わずにマット系のしっとりした見え味が実現できる。

 iMacで標準ガラスといわれているものは、反射を軽減するマルチコートが施されたもので、これ自身も光沢系仕上げの中では比較的よい高性能の反射低減処理だ。しかしNano-textureではガラス表面をエッチング処理で極めて細かな凹凸とし、5Kディスプレイの精細感を損わずに外光を散乱させ、映り込みを低減する。

 厳密にいうならば、光沢処理に比べると先鋭度はやや落ちる。しかし、そのレベルが極めて微細な領域であるため、マット処理のシルキーな感触と5Kの解像感の両立が行えているという印象だ。誤解を恐れずにいうならば、映画用スクリーンの銀幕のような風合いだ。

 マット系の処理では気になるコントラストの低下も、よほど近づいて見ない限りはほとんど気にならない。オプション価格は5万円(税別、以下同)と安くないが、映り込みが気になっているならば、投資する価値のある技術だ。この技術が初めて採用されたのは外付け32型ディスプレイの「Pro Display XDR」だが、サイズが違うとはいえオプション価格は7万円だった。

 個人的に購入するとしたら、このオプションは必ず選択すると思う。それほど納得感のある表示だ。

●ユーザー体験を高める開発成果の集合体

 このようにAppleが過去数年、少しずつ重ねてきた開発成果を一気に投入してリファインしたのが新しい27インチiMacといえる。もちろん、CPUとGPUの更新による性能の向上はあるが、それはその時々のタイミングに合わせ、Intelから調達できるCPU、AMDから調達できるGPUを組み合わせているにすぎない。

 Intelのシステムアーキテクチャを、「Apple Silicon」(T2もその一つといえる)でラッピングするように配下に置いて、その元でコンピュータを再構築することで独自性を出すという手法は、AppleがiPhoneという巨大市場を持っているからこそできる戦略だ。

 ただし、技術は同じでもハードウェアが異なれば結果は違う。例えば同様の音声補正技術があっても、実際のスピーカー配置や性能が異なるiPhone、iPad Pro、16インチMacBook Pro、MacBook Airでは当然、音質は異なる。マイクの音質も同じだ。

 1080p FaceTime HDカメラはセンサー自身の品質が上がったことで、T2チップ内蔵のISPと組み合わせて大幅にその画質が高まっていた。これは内蔵マイクも同じで、従来は1カ所だったものが3カ所に分散してマイクが設置されたことで品質が上がっている。

 内蔵マイクで音楽を録音するわけではないだろうが、FaceTimeカメラの改良とともにオンライン会議などの質を高めることはできるだろう。内蔵スピーカーとの差分も取っているようで、スピーカーからの音を出したままオンライン会議に入っても、スピーカー音がマイク音声に回り込むなどのトラブルはなかった。

 唯一残念なことは、内蔵スピーカーの音質が(確かに大幅に品質は上がっているが)16インチMacBook Proなどからの期待ほどには向上していなかったことだろうか。恐らくは旧来からのスピーカーシステムに、T2チップによる音響補正技術やバーチャルサラウンドを組み合わせたのだろう。

 バーチャルサラウンドの広がりなどは向上し、音域バランスも改善しているが、中域の厚みが不足しているため、せりふに厚みがない。音楽再生でも中高域の癖っぽさが歪感、S/N感に影響を与えている。筆者なら外付けのアクティブスピーカーなどを付け足したくなるだろう。

●10コアCore i9+Radeon Pro 5700 XTに対して十分な冷却性能

 一方、パソコンとしての基本性能部分は2012年以来、ずっと変わらないこともあって十分にこなれている。

 新型27インチiMacでは、CPUにIntelの第10世代Core(開発コード名:Comet Lake)を採用し、新たに10コアを選べるようにした。今回パフォーマンステストをしたのは、その10コアCore i9となる。Intelの製品情報(Intel ARK)によると、Core i9-10910の仕様がこれと合致し、iMacの熱設計に合わせてカスタムされたSKUのようだ。GPUもRDNAアーキテクチャのRadeon Pro 5000シリーズを採用し、テスト機は最上位のRadeon Pro 5700 XT搭載モデルとなる。

 主なスペックは以下の通りだ。

・CPU:Intel第10世代Core i9(10コア、3.6GHz、最大5.0GHz)

・メモリ:32GB(2666MHz DDR4)

・GPU:AMD Radeon Pro 5700 XT(16GB GDDR6メモリ)

・ストレージ:1TB SSD

 CPUモニターアプリのIntel Power GadgetによるとCPUのTDP(熱設計電力)は125Wだが、高負荷時にはパッケージ全体の消費電力が160Wを超えることもあった。最もCPUへの負荷が高いと思われるベンチマークテストのCinebench R20での動作状況はグラフの通り。ここまで高い負荷はゲームでもかかることはないが、そうした環境でもコンスタントに4GHz以上の最高クロックが出ており、多くの場合は4.5GHz程度までは速度が出ている。

 CPU温度は100度を上限にクロックの調整が入るが、3.6GHzのベースクロックに対して4GHz以上がコンスタントに、おおむね4.5GHzという数字がCinebenchが出ているのであれば、動画編集や写真現像などのシーンでは、Turbo Boostの上限クロックあたりをしっかり使えそうだ。

 試しに画像編集アプリ「Luminar 4」を用いて、ミラーレス一眼カメラ「EOS R」で撮影した3300万画素RAWファイルの現像処理を行ったグラフも取ってみたが、クロックは4.8GHzまで各現像処理のピークで出せている。Cinebench中は冷却ファンが回る音がやや気になるものの、Luminar 4程度の処理ではそこまでは回らず、BGMでも流していれば気付かない程度だった。

 TGPで130WとなるGPUのRadeon Pro 5700 XT(16GB GDDR6メモリ)がフルに動いているときも同じだ。恐らくCPUとは別系統の冷却回路になっていると考えられるが、どちらかの負荷に引っ張られることなく、それぞれにきちんと性能が出せている。

 Macでゲームを遊ぶという方は多くないと思うが、「Fortnite」をプレイ中のグラフを参考までに添付しておく。テストは26度の室温に設定した部屋で行ったが、冬場ならばもっと楽に動作するだろう。

 なお、定番ベンチマークテストのGeekbench 5は、CPUのシングルスレッドが1242、マルチコアが9764、GPUの演算能力スコアはMetal時に57448だった。GPUのスコアは揺れがあり、時折、59000を超える場合もある。CPU依存のCinebench R20も約5600と、なかなか優れた数字を出している。

 ゲーミングPCとしてはGPU性能が物足りないが、動画編集、RAW現像、音楽制作などが主目的だろうことを考えれば十分な性能という印象だ。

●選択肢の幅は広く、買い得感ある構成

 この他、メモリは最大128GBまで搭載(従来の2倍)可能になった。背面のSDXCカードスロットもUHS-IからUHS-IIへと速度が向上し、転送速度の上限は3倍となるなどの細かなアップデートも行われている。

 27インチiMacはSO-DIMMのメモリのアップグレードが可能で、ユーザーがアクセスできるSO-DIMMスロットが4つある。8GBをオーダー(4GBのモジュールが2枚付属する)して、自分でアップグレードするとコストパフォーマンスがよいだろう。

 この製品はT2チップによる体験レベルの磨き込みと、True Tone対応かつ広色域な5Kディスプレイなどの価値が大きい。低価格のコンフィギュレーションでも、こうしたディスプレイの恩恵は受けられるため、リーズナブルな選択肢ほどお買い得感がある。

 実際、GPU性能にあまり多くを求めないのであれば(といってもGDDR6メモリが4GBのRadeon Pro 5300でも4.2TFLOPSの能力はある。各GPUのスペックはAMDの製品情報ページにまとめられている)、3.1GHz(Turbo Boost使用時最大で4.5GHz)の6コア第10世代Core i5を搭載したベースモデルは19万4800円と20万円を切る。

 ベースモデルはSSDが256GBだが、ミドルレンジモデル(Appleの用意する標準モデルは多くの場合、ミドルレンジの設定が最もお買い得だ)は512GBのSSDを搭載し、CPUが3.3GHz(Turbo Boost使用時最大で4.8GHz)の6コアCore i5になって21万6800円だ。同等レベルのディスプレイを入手するには15万円ほどの予算が必要なことを考えれば、実はかなりお買い得ではないだろうか。

 今後、Apple Silicon搭載Macへとバトンタッチしていくことを考えれば、仮想環境で現状のWindowsが動作する最後のiMacにもなるだろう。Linux系(もちろんmacOSも)も含めて複数OSでの開発、テストなどが必要なユーザーにとっても貴重なアップデートになっている。

[本田雅一,ITmedia]