上昌広(医療ガバナンス研究所理事長)

【まとめ】

・抗体検査が可能に。改善の余地あるが、有用なツール。

・集団免疫政策は合理的だが、世論の反対で方針転換する国も。

・抗体保有で感染リスクは抑制。抗体検査の大規模臨床応用を。

 

「新型コロナウイルスの抗体検査を受けるにはどうすればいいですか?」

知人から聞かれる機会が増えた。多くのメディアが抗体検査について報じ始めたためだろう。堀江貴文氏が抗体検査をした体験を公開したことも話題になっている。知人は、この動画を見たらしい。

https://youtu.be/vF2T-LSwneg

では、抗体検査とは何だろうか。抗体とは血液や体液中に存在し、病原体が体内に侵入してきたときに、それと結合して除去しようとする物質だ。抗体が認識する物質のことを抗原とよぶが、特定の抗体は特定の抗原にしか反応せず、両者の組み合わせは特異的だ。

世界にあまた存在する抗原に対して、どうやって人体が特異的な抗体を作り出すか、そのメカニズムを解明したのが利根川進氏だ。彼は、この業績で1987年にノーベル生理学・医学賞を受賞している。

▲写真 利根川進氏 出典: User9131986 / Wiki

このような抗体の特異性を利用したのが、感染症の抗体検査だ。ある病原体に特異的な抗体が体内に存在するか否かを検査することで、その病原体に罹患したか否かがわかる。

麻疹や風疹の場合、抗体が存在することは免疫があることを意味する。ただ、すべての病原体がそうではない。HIVやC型肝炎は抗体があっても、必ずしも免疫があることを意味しない。このような病原体は抗体があっても、慢性感染することが多く、抗体の存在は感染を意味する。

では、新型コロナウイルスはどうだろうか。多くの専門家は抗体の存在は、麻疹や風疹などのように完全に防御するレベルではないにしろ、ある程度の免疫が存在することを意味すると考えている。

この点については、免疫の存在を支持する複数の研究が報告されている。例えば、中国の深圳の南方科技大学の研究者は、新型コロナウイルス感染から治癒した患者の血漿(血液の一部)を、急性呼吸窮迫症候群(ARDS)という重症肺疾患を合併した5人の患者に投与したところ、3人は回復して退院、2人は安定した状態を維持したと報告している。この事実は新型コロナウイルスから回復した患者の血液には何らかの免疫物質が含まれていることを意味する。

▲画像 新型コロナウイルスと闘う細胞のイメージ 出典:南方科技大学 facebook

このことを用いて創薬に挑む製薬企業も存在する。武田薬品工業は、治癒した患者の血液を原材料に新型コロナウイルス特異的抗体を濃縮して作るポリクローナル抗体(TAK-888)の開発に着手しているし、米アムジェンはバイオベンチャーのアダプティブ社と、仏イーライ・リリー社はアブセラ社と組んで血液製剤の開発に取り組んでいる。製薬業界が抗体などの免疫を如何に重視しているかがお分かり頂けるだろう。

このような状況を受けて、抗体を免疫の指標とする検査法の開発に取り組む企業が現れた。一部は既に実用化されている。

クラボウは中国の提携先企業が開発したイムノクロマト法を用いた抗体検査を3月16日から発売している。これはクリニックでも実施できる簡便な検査で、約10μLの少量の血液を添加するだけで、15分ほどで結果がわかる。

▲写真 新型コロナウイルス抗体検査試薬キット 出典: クラボウ ホームページ

PCR法の場合、測定には高額な測定機器と、4-6時間程度の検査時間を要するのと対照的だ。簡便な検査である。

クラボウの検査キットで検出するのは、IgGとIgMという2種類の抗体の有無だ。IgMは感染早期から、IgGは感染から数週間後以降に陽性になると考えられている抗体だ。IgGが陽性の場合には、すでに患者は治癒しており、免疫を有すると判断される。

冒頭にご紹介した堀江貴文氏が受けたのは、この検査だ。中国では臨床現場で既に活用され、新型コロナウイルスの標準診断法としてガイドラインに記載されている。

クラボウ製の検査キットの価格は10検体分で税別2万5,000円だ。多くの医療機関が導入している。健康保険は効かないため、自費診療となるが、その費用は5,000〜1万円程度だ。

ただ、このキットは、まだまだ改善の余地がありそうだ。検出力(感度)は約95%とされているが、「額面通りには受け取れない」という専門家もいる。

パンデミック後、いち早く臨床現場に導入したという点で高く評価できるが、いまだ開発途上と言わざるを得ない。

現在、国内外の多くの企業が抗体検査の開発・販売に取り組んでいる。国内ではデンカ生研が、国立感染症研究所と共同で開発を進めているし、米BD社は、米国で検査キットの出荷を開始した。このキットは米審査当局(FDA)の審査を経ていないが、3月16日に発表された緊急事態方針の下で出荷し、使用することが可能となっている。

特記すべきは英国の方針だ。最近になって、約1,000世帯を対象に毎月採血をして、新型コロナウイルスの抗体の保有者がどのように推移するか調べる臨床研究が始まった。

これは英国が「集団免疫戦略」を採っているからだ。集団免疫とは住民の多くが軽症あるいは無症状で病原体に感染し、免疫をもつことで、その地域に再び病原体が侵入しても、彼らが盾となって大流行を防ぐという戦略だ。

免疫を持たない高齢者、乳幼児、あるいはがん患者のような免疫抑制患者がいても、彼らが盾となって感染せずに守られることになる。太古の昔から、人類はインフルエンザや麻疹など多くの感染症をこの方法で克復してきた。ちなみに、このことを人為的に行うのがワクチンだ。ワクチンが開発されなければ、集団免疫を獲得する以外には感染症は克復できない。

▲画像 集団免疫イメージ(黄が抗体保有者)出典: flickr; AJC1

集団免疫を目指すのは感染対策としては合理的で、当初、英国、ドイツ、オランダ、スウェーデンなどが、この戦略を採ろうとした。

ところが、3月半ば以降、欧州では新型コロナウイルスの感染が急拡大した。しかも致死率はフランス18.5%、英国13.6%、イタリア13.5%、スペイン11.2%、ドイツ3.7%と、ドイツを除き高い(4月28日現在)。季節性インフルエンザ(0.1%)や東アジア(日本2.6%、湖北省以外の中国の致死率0.8%、韓国2.3%)とは比べものにならなかった。

集団免疫対策は数年にわたる息の長い施策だ。反対論も出てくる。欧米では「集団免疫策は人殺し政策だ」「人命を尊重せず倫理的に問題だ」「国民にロシアンルーレットを強いている」という批判が噴出し、英国は集団免疫政策を打ち出した5日後には方針転換に追い込まれた。現在、ロックダウン中だ。スウェーデンを除き、方針を転換した。現在も日常生活を継続しているのはスウェーデンだけだ。

このあたり、田中宇氏の『集団免疫でウイルス危機を乗り越える』に詳しく書かれている。ご興味のある方は一読をお奨めしたい。

ただ、英国は集団免疫戦略を完全に捨てたわけではなかった。それが前出の抗体検査だ。彼らは抗体を保有していれば、ある程度の防御力があるという前提に立ち、大規模な抗体検査を準備している。

抗体陽性者は職場復帰が可能になり、経済活動が再開できる。医療現場では、感染リスクが低いため、重要な戦力となる可能性が高い。

そこで冒頭の知人との話に戻る。彼は介護施設の経営者だ。私は「あなただけでなく、職員全員に検査をしたらいい。もし陽性者がいたら、万が一、入居者に新型コロナウイルスの感染が出た時に、担当してもらえばいい」と回答した。

もちろん、韓国で、新型コロナウイルスから回復した91人でウイルスが再検出されたように、抗体を有することの防御効果についてはいまだコンセンサスを得るには至っていない。4月25日、WHOが新型コロナウイルスから回復し、抗体をもつ人が再び感染しないという証拠は現時点ではないとの見解を示したのは妥当だ。

では、どうすればいいか。私は、それでも抗体検査をお奨めしたい。それは、これまでの情報を総合的に判断すれば、抗体を保有することで新型コロナウイルスに感染するリスクは相当、抑制されると考えるからだ。再感染で重症化した人が現時点でいないことも、この可能性を支持する。

ゴールデンウィーク明けには「緊急事態宣言」の延長が決まる。どのような決断になるにせよ、新型コロナウイルスとの戦いは長期戦だ。ハーバード大学公衆衛生大学院の研究者達は2022年夏までかかるだろうと予想している。そうなると厳しいロックダウンは継続できない。感染対策と経済の両立が求められる。高齢者や持病がある人を守ると当時に、経済を戻させねばならない。その際、抗体検査は感染リスクを評価する有用なツールとなる。大規模な臨床応用を考えるべきである。

トップ写真:抗体検査イメージ 出典:flickr; Eden, Janine and Jim