大原ケイ(英語版権エージェント)

「アメリカ本音通信」

【まとめ】

・NIAIDファウチ医師はその正確な発言と風体で人気。

・ファウチ医師はトランプ大統領の発言を一蹴することも。

・トランプ氏はファウチ氏を下院議会には出席させず。

 

1984年以来、米アレルギー・感染症研究所(NIAID)の所長を務めてきたアンソニー・ファウチ医師は、7年前にエイズを発症させるHIVの研究の功労者としてコッホ賞を受賞したりと、6代にわたって大統領政権に感染症関連の助言をしてきた科学者だが、新型コロナウィルス発生以前はアメリカで一般市民に知られているような存在ではなかった。

その親しみのある穏やかな口調ながら、難解なウィルス感染の科学的見解から、医療現場の厳しい状況まで、包み隠さす正確に伝えてくれる気の優しい親戚のおじいちゃん、という風体で今やすっかりアメリカのお茶の間でもファンが多い人物だ。特に、感染者数・死者数が全米最悪となったニューヨークでは、ブルックリンで生まれ育ったファウチは人気がある。最初はドナルド・トランプ大統領も「私にはこんなに疫病学に精通したスタッフがいるんだ」とばかりに自慢げに記者会見でファウチ所長を傍らに侍らせ、自由に発言させていた。

だが、ソーシャル・ディスタンシング政策が発令され、再選に向けて支持者を大勢集めたラリーができなくなったトランプは毎日のように行われる記者会見でもスタッフからまず賛辞を贈られ、自分がいちばんの人気者VIPでないとガマンがならないようだ。

ファウチは一貫して、全米でPCR検査数をもっと本格的に増やさなければいけない、まだまだ足りていないと言ってきた。これに対しトランプは、アメリカでは世界のどこよりもテスト数が多い(うそ)だの、検査を受けたい者は誰でも受けることができる(うそ)だの、あるいはそんなにテストは必要ないと、コロコロと発言を変えてきた。

トランプが3月末に記者会見の壇上でお得意の陰謀論に言及し、国務省のことを「ディープステート省」と呼んだときは、さすがにそれを横で聞いていたファウチも笑いをこらえ、手で顔を覆い隠すようにした映像がインターネットで話題になったが、ファウチは4月半ばまでは対策チームの一員として、毎日のようにトランプとともに記者会見に臨んでいた。時には記者からの質疑応答内容が、数分前にトランプが発言した内容と異なることさえあった。

▲写真 トランプ大統領記者会見 出典:Flickr; The White House

新型ウィルスが中国武漢郊外の研究所で製造されたものだというトランプやポンペオ国務長官の発言に対しても、ナショナル・ジオグラフィック誌に掲載されたインタビューで、ファウチは「コウモリにおけるウィルスの進化やこれまでに示されている科学的な証拠によって、Covid-19は人工的であったり意図的に変異させられたものではないことがわかる」とこれを一蹴した。

さらにトランプが自らの無知を晒したのが、媒介物に付着したCovid-19は消毒液や日光ではやく殺菌できると聞いた後で、「じゃあ漂白剤や紫外線の体内照射で治療できるんじゃないか?そういう研究はやっているのか?」とスタッフに話題を振ったが、このあまりにも頓珍漢な治療法についてのアイディアを振られたのは、科学的根拠のない事柄に関してははっきりトランプにもそういうファウチではなく、ペンス副大統領直属のデボラ・バークス調整官だった。彼女はようやく「治療法ではなく…」と答えるのがせいいっぱいだった。

この直後に全米の医療機関や薬品メーカー、フォックス局以外のマスコミが一斉に「危険なので消毒液を飲まないように」と国民に呼びかけたのは言うまでもない。トランプは後に「あれは皮肉だった」と言い繕っているが。

現在、米国会ではコロナ感染対策の現状を把握し、さらなる経済対策を講じるためにも疫病対策の専門家を呼んで意見を聞く諮問委員会を開く予定になっている。もちろん、ホワイトハウスの対コロナウィルス感染タスクフォースのメンバーは全員、召喚リストに入っている。

だがトランプはファウチを、上院議会(与党の共和党が過半数)で1回だけ証言させるのはOKだが、下院議会(野党の民主党が過半数、実際の立法に関する議論はここでなされる)には出させない、と主張している。自分に都合の悪い科学的な事実を喋られると困るからだろう。一旦解散させたタスクフォースも、それが批判されると即座に翻して再結成させている。

トップ写真:アンソニー・ファウチ医師 出典:Flickr; The White House