新聞テレビばかりか学術誌までフェイクニュースが席巻

 この、客観的な観察者にとどまるのではなく、観察対象の中に入って調査して初めて分かるものも、学究の対象として考えよう、という動きが「カルチュラル・スタディーズ」の、少なくとも一つの端緒だったと言っていいと思います。

 ハロウィンで言うなら、テレビ局のリポーターとして聞き出せる話と、自身もハリー・ポッターやら顔なしやらに扮装して、そこで聞けるホンネは違う。その後者を圧殺するまいという違いと言って多分外れないと思います。

 とはいえ カルスタの社会調査と言いながら、暴徒と一緒に車をひっくり返せば犯罪です。

 また、インドのアシュラム(修行屈)に入ってサマナ(修行者)と同じものを飲み食いするのはOKでも、メニューの中に入っているかもしれない大麻成分などを喫する「カルスタ」体験を日本国内で行えば、刑事司法の適用対象となってしまうでしょう。

 ともあれ社会学を中心に、客観的な社会調査に対して、カルスタ的なディープな潜入調査をもってして、初めて理解されるリアリティが様々な波紋を投げかけたと思います。

 端的な例は、戦争や紛争、あるいは天災や事故後の生存者自身の証言です。

 ナチス・ドイツのホロコーストについて、どれだけ客観的に「構造」や「図式」を述べたとしても、ヴィクトール・フランクル「夜と霧」のようなサバイバーの一言の前には、大半が霞んでしまう。

 ヒロシマ、ナガサキについて、あるいはより近年に日本を襲った天災人災についても、客観的な分析だけで事足れりとするのには明らかに無理があるし、学術的に誠実な態度とも思いません。

 地震や事故の直後、避難が安全と客観的に考えられ、そのポリシーで移動・移送中に命を失った高齢者の記録などを考えていただくと「カルスタ」的なアプローチの価値はご理解頂けると思います。

 それは虐めやDVに、家出や希死念慮などに関連する重い問題に非常に重要な学術的な力を発揮し得るものと、私は物理出身の理系ですが考えます。

 客観的にシラケて図式を観察する「構造主義」に対して「ポスト構造主義」と言われる多様な反問がなされた。

 かつて一世を風靡した浅田彰さんによるポスト構造主義/ポストモダンの手引き書「構造と力」では「ノリつつシラけ、シラけつつノル」と、こういったあたりが記述されていたかと思います。


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