『まんぷく』に学ぶ安藤百福とホリエモンの共通点

 その後、チキンラーメンとカップラーメンを開発して前述のとおり世界中で食されるようになるのはご存じ通り。

カップヌードルが「世界食」になるまで

 ドラマでも描かれたように、安藤氏は戦時中、資材を横流ししたという無実の罪で憲兵から拷問を受けていいます。そんな極限状態の中、汚れた食器で水と麦飯を出され、不衛生な食事を摂らざるを得なかったのです。

 その安藤氏は1946年、36歳のときにそれまで関わってきた仕事を変え、「食」に携わることを決めます。終戦から1年あまり過ぎても飢餓状態の人が街にあふれている状況を見て「やはり食が大事なんだ。衣食住というが、食がなければ衣も住も、芸術も文化もあったものではない」と考えたからだといいます。

 その後、前述のように頼まれて理事長の任に就いた信用組合が破たんし無一文になるものの、飢餓に苦しむ人が多数いる中、戦後の闇市で冬の寒さに耐えながらラーメン屋台に行列する日本人の光景が脳裏に焼きついていた安藤氏。そこで家庭で手軽に食べられる、新しいラーメンの開発を始めることになります。

 ラーメンについては素人でしたが、庭の小屋でたった一人、実験を繰り返しました。そして妻の揚げていた天ぷらに着想を得て「瞬間油熱乾燥法」を開発、チキンラーメンを完成させたのです。

 チキンラーメンは爆発的に売れて全国に広がったものの、模倣品の問題や価格競争に巻き込まれてしまいます。そんな中で新たな市場である海外に向けた商品開発に取り組みはじめます。今回も試行錯誤の末、丼と箸の文化がない欧米にも受け入れられるよう容器に入れたカップラーメンを完成させ、世界で愛される食品へと成長させるのでした。

強い執念を支える「確信」

 この安藤氏の特質を一つだけ挙げるとすれば、福田赳夫氏が「すっぽん」と評したことからも分かるように「執念」ということになるでしょう。「ひらめきは執念から生まれる」とは安藤氏自身の言葉です。優れた発明は執念があってこそ生まれたものだったのです。

【写真】2005年、史上初の宇宙食ラーメン「スペース・ラム」を披露する安藤百福氏。宇宙飛行士の野口聡一さんがスペースシャトルに持ち込んだ「スペース・ラム」の開発も安藤氏の強い意向で開発された。(2005年7月27日、大阪のインスタントラーメン発明記念館にて)。(c)AFP/Yoshikazu TSUNO 〔AFPBB News〕

 では、安藤氏が事業を行う上で絶えず執念を持つことができた理由はなんだったのでしょうか? 普段メンタルコーチという立場でクライアントの起業支援に携わる筆者の観点からすると、その執念、今風に言えばモチベーションの源泉にあったと考えられるのは「確信」です。


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