前回の連載で述べましたが、イスラエルではダイヤモンド産業がずいぶんと発展しています。

 もとよりユダヤ人は、長期間にわたりダイヤモンド産業に従事してきました。イスラエルでダイヤモンド産業が発展したのは、その歴史的経緯が大きな要因です。

 そして、それに加えて、第二次世界大戦の状況も大きく影響しています。第二次世界大戦時、ヒトラーが中立国であるベルギーに侵略しました。このとき、同国のダイヤモンド産業の中心であったアントウェルペン(アントワープ)に住んでいたユダヤ人のカッティング職人が、迫害を逃れるため、一斉にテルアビブに移住したのです。テルアビブは現在、エルサレムに次ぐイスラエル第二の都市です。それが、現在のイスラエルがダイヤモンド産業の中心的役割を果たすことになる直接的な要因だったのです。

 そこで今回は、前回とは趣向を変え、時代を現代に限定してお話ししようと思います。

(参考記事)ダイヤモンドとユダヤ人、その切っても切れない関係
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/60899

アントウェルペンのダイヤモンドカッターがパレスチナへ移住した理由

 第二次世界大戦がはじまる頃、ベルギーのアントウェルペン(アントワープ)は、ダイヤモンドのカッティングの中心地でした。ダイヤモンド市場を牛耳っていたデビアス社は、世界最先端の技術を誇るアントウェルペンのカッティング工場に、同社のダイヤモンドのほとんどを供給していました。

 ところが、戦争によってアントウェルペンが機能しなくなりました。アントウェルペンのダイヤモンドカッターの多くはユダヤ人でした。彼らは、紆余曲折を経て、パレスチナに移住したのです。

 ここで大きな役割を果たしたのは、パレスチナのナターニャという都市の市長であったオヴェド・ベンアミという人物です。彼は、たまたまアントウェルペンから来た2人のユダヤ人に会いました。

 オヴェド・ベンアミは彼らとの話からヒントを得て、まだ何の産業もなかったナターニャに、ダイヤモンド産業を確立しようと考えました。