1990年代の小沢一郎は、まさに「黄金時代」にふさわしく、日本政治の中心にどっしりと鎮座しているといっていい。

 ただ、鎮座するといっても、首相や閣僚ではない。下記の円グラフは90年代の120カ月(10年)のうち、小沢が主要なポスト・役職についていた114カ月の内訳、割合である。

(前回はこちら)
議員在職50年 小沢一郎「出世とキャリア」〈3〉 1980年代後半〜剛腕
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/58936

政党と派閥のポストばかり

 繰り返しになるが、この間の小沢は内閣のポストに一切就いていない。そもそも、小沢は蔵相、外相、通産相の「3重要閣僚」の経験がない。国対委員長、総務会長、政調会長などの有力ポストとも縁がない。野党の幹部や自民党派閥の役職ばかりだ。

『90年代の証言 小沢一郎 政権奪取論』(五百旗頭真ら編、朝日新聞社)で、「閣僚など政府の役職に就いているときよりも、自民党の幹事長や派閥の幹部などのポストに就いていることのほうが多い。好んでそうしてきたのか」との質問に対し、小沢はこう答えている。

「そんなことはないです。僕は同期の国会議員の間で最年少だったから、大臣になるのも一番最後だった(中略)。だれだって、最初のころは大臣になりたいって思うでしょう。だけど、僕の入閣は一番最後。それは年齢順だからしょうがない」

 自らは望んでいない、と強調しているわけだが、結果的に、党や派閥の役職に居続けたことで、自由自在に動き回れた側面がある。閣僚になってしまったがために、身動きが取れなかった例はいくつもあるからだ。

 90年代初頭から前半にかけ、小沢の権力は頂点に達した。その存在感は、政局だけでなく、政策面、特に外交・安全保障分野にも及んでいく。