今日の日本は、安倍晋三首相の地球儀外交で国際社会の信頼を勝ち得ていると評されるが、毅然とした外交を支える軍事力を有しない。

 また、国内でスパイなどを取り締まる法律もないため隙だらけで、国家といえるかさえ疑問視される。その実例が北朝鮮による日本人拉致である。

 被害者や家族にとっては非情の日本である。わが子を取り戻すために半生を捧げ、94歳で亡くなった有本嘉代子さんと87歳で亡くなった横田滋氏らを思うといたたまれない。

 国家主権を侵害して不法に連れ去られた日本人を取り返せない日本は「情けない」の一語に尽きるが、それは軍事力を放棄し、「宦官と化した日本」であるからにほかならない。

 そうした実態を国民に教えない教育、政治、そしてマスコミに近因があり、憲法に遠因がある。こうして、戦後の日本は主権侵害に対してまともに対応できない『国防崩壊』の状況にあるのだ。

 拉致問題を参考に、『国防崩壊』の状況を検証し、日本を成熟した「国家」に立ち直らせる素材としたい。

メディアは死んでいた

 以下の拉致関係は、早くから行方不明者を追い続けてきた産経新聞元記者(最終・社会部長)阿部雅美氏の『メディアは死んでいた 〈検証 北朝鮮拉致報道〉』を参考にしている。

 突然いなくなった日本人が北朝鮮に拉致されたことが判明したのは1985年で、今から35年も前である。

 日本に侵入した北朝鮮のスパイの摘発は1950年から80年頃まで続いた。なかでも1977〜78年には日本海側で多くの行方不明事件が起き、80年から83年には欧州留学生の行方不明事件も起きた。

 こうした状況を総括する梶山答弁があったのが1988年3月26日である。