1 疫病、経済崩壊、朝鮮半島中国化

 人間が関与したかもしれない中国由来の新型コロナウイルスによって、世界は大きな文明の危機を迎えていると言っても過言ではないだろう。

 中国の意図的な隠蔽・偽装工作が初動対処を遅らせたことと、それに組した世界保健機関(WHO)のテドロス・アダムス事務局長の大罪は、世界によって厳しく断罪されなければならない。

 しかし、ただひたすら患者を隔離し、従来の対処療法にしか頼れない現状は、まるで「人間の科学は無敵だ」という思い上がりに対して、鼻柱を強烈にへし折っているようにも見える。

 驕り高ぶる人間への警告、平和に浮かれた日本への最後通牒だといえるかもしれない。

 人の動きが止まり、それによって物の生産・流通、資金のやりくり、サービスの提供、すなわち経済という血流は止まり、手足などの末端神経のみならず、身体の組織全体が死ぬかもしれないという危機に直面している。

 非常時の処置をいい加減にして一度細胞を死滅させたならば、二度と立ち上がることも、活動を再開することもできなくなるのは自明である。

 そうなのに日本の緊急経済対策は実に遅く、規模も異常に小さい!

 米国などは本事態を戦争と認識し、赤字国債を膨張させることを厭わず、大量にかつ素早くお金を国民や企業に流し込んでいる。

 米国は中小企業の存続のために4月の2週間の内に37兆円をつぎ込み、さらに新たに30兆円以上の支援を決定した。当面の施策ですら、このような徹底ぶりである。

 一方、このウイルスの影響が半年や1年では収束しないという見積もりがあるならば、それに備える対策もなりふり構わず実行するのが国の仕事であろう。

 財政規律と言っている場合か!

 消費税率の減税、100兆円以上の国債発行によるインフラ整備、教育、研究開発、防衛などへの資金投入、脱中国の下に日本企業の国内回帰の促進・優遇施策など、できることは何でも強力に推し進めなければならない。

 1929年の世界恐慌後の歴史や台湾や他国の対応を見れば素人にも分かる。

 結局、日本人は口では非常事態だと言いながら、心の中ではコロナは一時的な不幸の襲来であり、やがては元に戻ると言う楽観的な気持ちなのだろう。

 今こそ急を要する「短期」と時間の余裕があり、周到に計画する「中・長期」を「同時に見通す複眼思考」が必要だ。