(武藤 正敏:元在韓国特命全権大使)

 文在寅(ムン・ジェイン)大統領は、政権の優先課題に「検察改革」を挙げ、その推進役として尹錫悦(ユン・ソギョル)検事総長を任命した。任命式の席上、文在寅氏は「生きている権力の顔色をうかがうな」と述べ、分け隔てなく捜査せよと指示した。しかし尹総長が指揮する検察が、文大統領の腹心・曺国(チョ・グク)前法務部長官を起訴し、政権の不正に関する捜査を手掛けるようになると、コロッと態度を転換、文在寅氏は尹総長と対立するようになった。

 尹総長率いる検察の独走を苦々しく思った文在寅氏は、与党「共に民主党」の代表をした秋美愛(チュ・ミエ)氏を法務部長官に任命した。秋長官の強力な政治力で検察を抑え込みたいとの思いからであった。

 秋長官はその期待に応え、検察幹部を総入れ替えし、捜査を指揮してきた幹部は釜山や済州島などの地検に異動させる一方、文在寅氏に近い人物を青瓦台や与党関係者の捜査担当に任命して、事件のもみ消しをはかった。

 秋氏が行使したのは人事権ばかりではなかった。4カ月で3回も捜査指揮権を発動し、尹総長を事件の捜査から手を引かせた。秋長官が指揮権発動の根拠として主張しているのは、「検事及び捜査課に対する不正事実の報告を受けながら、尹総長は徹底した捜査を行わなかった」ということ。しかし尹総長はこれを全面的に否定している。そして一部メディアや世論の中では、「むしろ今韓国で最も腐敗しているのは青瓦台である」との見方が広がっている。

 ちなみに、韓国の歴史上、法務部長官が指揮権発動をした事例は、過去に1回あるのみだ。秋長官がいかに突出し、意図的に捜査を妨害しているかが分かるだろう。

秋美愛長官による「検察への圧力」の副作用

 しかし、秋氏のこうした強引な検察への介入や尹総長への圧力に、多くの検事や国民は反発した。それは文在寅政権への支持率の低下、尹検事総長を次期大統領候補と押す国民の声の上昇、秋長官への辞任圧力、検察改革の停滞という状況を招いている。

 秋長官は来年のソウル市長選挙への与党の有力な候補と言われてきたが、「その目はなくなった」との評価も出ており、この対立で一番損をしたのは秋長官とも言える。