野村克也元監督の死去を受け、ヤクルトの1、2軍キャンプ地では半旗が掲げられ、選手らが黙とうをささげた。

 高津監督は沖縄県浦添市で「言葉にならない。(1991年の)入団当時からプロの一から十までを教えてもらった。(指揮を執る姿を)見てもらいたかったし、まだ聞くことはたくさんあった」と涙を拭った。

 野村さんの下で抑えとして3度の日本一に貢献。投げ終えてベンチに戻れば、必ず「ありがとう」と声を掛けてくれたという。「最近は、会うと『しんどいポジションを任せて悪かったな』があいさつのようだった」と懐かしんだ。

 前ヘッドコーチの宮本慎也氏は「大恩人。最後の最後まで褒められなかったが、厳しい中にも優しさがあった。野球界にとってまだまだ必要な方だった。もう少し頑張ってほしかった」と話した。

 池山2軍監督は宮崎県西都市で取材対応。1月20日の球団OB総会で会ったばかりで、「信じられない気持ち。OB会で高津監督に『今から(自分を)ヘッドコーチにどうや』と言ったのが耳に残って仕方がない」と吐露した。