Point of view - 第97回 永瀬伸子

大学生の奨学金負担をめぐる問題から浮かぶ社会的課題

永瀬伸子 ながせ のぶこ
お茶の水女子大学 基幹研究院教授 学長補佐

労働や社会保障をテーマに研究。就業と出産、これをめぐるさまざまな社会的保護の制度(保育園、育児短時間、税制、年金など)の実証研究を行ってきた。東京大学大学院経済学研究科博士(経済学)。2013年から2014年にハーバード大学客員研究員、コーネル大学客員研究員(安倍フェロー)。

大学を卒業し、就職をした後に奨学金の返済が大きな負担としてのしかかる問題が、しばしばメディアでも取り上げられている。

私が大学生の奨学金問題に深い関心を持つようになったきっかけは、都内の優良私立大学から院に入学した学生と話したことである。ドクター進学について相談されたので、経済的にどうかを聞くと、ドクターまで進むと1000万円ほど、日本学生支援機構に借金することになります、と彼女がさらりと言ったのである。私は打ちのめされるほど驚いた。とても返せる金額には思えなかったからである。

日本の奨学金の現状

それ以来、日本の奨学金のありように深い関心を持つようになった。私が大学に行った1980年代は、ごく一部の学生しか育英会の奨学金は得られなかった。しかし2004年以降の改革で、日本学生支援機構(JASSO)が設立され、1998年以降、特に2004年以降は第1種奨学金の金額を超えて有利子の第2種奨学金が大きく伸びるようになった。大学進学率も大きく伸びた。4年制大学への進学率は、1992年には男性が35%、女性が17%であったが、2004年には男性49%、女性35%、2017年には男性56%、女性49%にまで伸びた。この間、奨学金を受ける学生は、JASSOが実施する学生調査によれば、1992年には22%であったが、2004年に41%、2014年に51%となった。

JASSOが出している奨学金に限定しよう。この奨学金を2014年には大学生の38%が受けているが、12%が第1種奨学金(成績条件があるが、無利子であり、所得制限がある)、残りの26%が第2種奨学金(所得制限は緩く、有利子)である。JASSOによれば、2016年3月に卒業した大学生の平均貸与総額は第1種が236万円、そして第2種では343万円である。このように、日本学生支援機構の奨学金に限定しても、大学生の4割がかなりの借金を背負って卒業している。

今日の就活は売り手市場と伝えられるものの、2000年代には若年層の労働市場が悪化に転じ、大卒も例外ではなかった。初職で非正規雇用に就く者が増えたのである。JASSOは20年間の定額払いで奨学金を返済することを求めるが、延滞すると5%の延滞料が課され、3カ月延滞すると信用情報が悪化してしまう。保証人制度を使っていれば親や親族に返済が求められる。奨学金返済に難航する卒業生が増えたのである。2014年にJASSOは、経済的困難にある場合(年収300万円以下が一つの基準である)1年ずつ申請することで最大10年間、返済を始めないで済むという制度を導入した。これ以前は5年まで可能であった。

お茶の水女子大学の私のゼミでは、2016年に首都圏23大学の学生を対象として年金の調査を行ったが(永瀬[2017]、永瀬ほか[2017])、その3割が奨学金を得ており、自宅外学生に限定すると半数が奨学金をとっていた。また奨学金があることは、学生の年金に対する不満に統計的に有意な影響を与えていた。つまり大学生は奨学金という借金を強く意識しているのだ。

オーストラリアの所得連動型奨学金HECSとは

こうした中、2016年に、オーストラリアにおける所得連動型奨学金の発案者であるBruce Chapman教授との共同研究に誘われ、共同研究の成果を2017年10月4日に国際文化会館で、10月5日に日本経済研究センターとオーストラリア国立大学の共催により日本経済新聞社で発表した。

ところで、オーストラリアの所得連動型奨学金HECSとはどのようなものか、ここで簡単に紹介しよう。オーストラリアでHECSが導入されたのは、1989年である。当時、オーストラリアの大学はすべて国立大学であり、授業料が無料で進学率は10〜15%程度であった。大学進学希望者はいたが財政難から大学の定員を増やせなかった。そこで大学生に大学授業料を賦課し、同時に、将来ある程度以上の収入を得た場合にのみ、収入の一定割合を他の税金と同時に源泉徴収していく、というアイデアをChapman教授が考えつき、それでできたのがオーストラリアのHECS制度である。

現在では、就職した制度利用者の収入が5万5000オーストラリアドル(480万円程度)を超えた場合に、初めて源泉徴収される。借金額は1人当たり2万5000オーストラリアドル(220万円程度)であり、だいたい15年あれば払い終わるという。オーストラリア国立大学のShiro Armstrong博士によれば、友人数人に声をかけたが、借金額を知っている人があまりいないほどいつの間にか返済が終わったという感覚だという。なお、HECSを使うのは大学生の85%(残りの15%は現金払いをする。現金払いの場合は授業料が割り引かれる)であり、これまでの実績では、85%は卒業後に返済されている。15%は収入がずっと低いままであるために返済免除が続く。卒業後にいい仕事に就けない、失業する、といった不運に対する保険となっているのである。

一方、Lorraine Dearden教授の生活するイギリスでもHECSが導入されたが、特徴はかなり異なる。日本で2017年から導入された新たな「所得連動型奨学金」は第1種奨学金に限定されており、しかも返済方法を定額か、所得連動かで選べるという点で、オーストラリアやイギリスの奨学金とは大きく異なる。

日本のデータ試算から浮かび上がる課題

私はイギリスのLorrain Dearden教授の支援の下、日本の実データを使って全大学生を対象に所得連動型奨学金を広げた場合の財政負担についてシミュレーションする機会を得た。Dearden教授はJGSS(日本版General Social Surveys)を使い、私は、統計法33条申請をして、総務省統計局『労働力調査』の2015〜2017年の実個票を用いて分析した。まだ初期分析の段階であるが、明らかなのは以下の点である。

日本では男女の就業構造が大いに異なることから、現在の23歳から65歳までを見ると、大卒に限定しても男性と女性の賃金差があまりに大きい。この賃金構造の下で所得連動型奨学金を入れると、男性は多くが完済する一方、女性の多くが完済できないことになる。この問題を緩和するには、大卒女性が家族を形成しても働き続けることができる雇用システムをつくることが極めて重要である。有配偶大卒女性は比較的高い世帯年収世帯に属するので、世帯年収に賦課する方法もあり得る。しかし、少子高齢化を考えれば、女性が家庭を持っても働き続けられる環境をつくることが第一に重要である。同時に、返済されない奨学金は財政負担となるため、大学側、学生側の両者の側にモラルハザードを起こさない設計が必要である。

教育投資を生かす。そこから浮かび上がる課題は奨学金問題にとどまらず、社会保険、税、労働力、さまざまな点からも、社会変革が今すぐに必要とあらためて深く感じることであった。

[参考文献]
永瀬伸子(2017)「視点 首都圏大学生の年金意識と年金満足」(企業年金連合会『企業年金』9月号、16-19ページ)
永瀬伸子ほか(2017)「大学生の年金知識と年金意識―首都圏大学生への質問紙調査を通じて」(お茶の水女子大学生活社会科学研究会『生活社会科学研究』第24号刊行予定)

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