櫻井 希 さくらい のぞみ
デロイトトーマツコンサルティング合同会社 パートナー

1.経営者育成の壁

 リーダーシップは積年の経営課題だ。
 2016年に行った「デロイト・グローバル・ヒューマン・キャピタル・トレンド調査」では、全体の89%(うち日系企業は91%)がリーダーシップについて「非常に重要」または「重要」な経営課題として挙げた。2019年の結果を見ても依然80%の企業が、リーダーシップは「非常に重要」または「重要」な課題であると考える一方で、それに対しての備えができていると感じる企業は約半分の41%にとどまっている[*1][図表1]。

[図表1]「HRトレンド」に対する意識とレディネス

資料出所:デロイト トーマツ コンサルティング合同会社「デロイト・グローバル・ヒューマン・キャピタル・トレンド2019」より抜粋・編集

[注]デロイトが掲げた10項目のHRトレンドに対する回答者の意識・レディネス(備え)を集計したもの(重要性の高い上位5項目を抜粋)。

 また、トーマツの調査(2016年)によれば、取締役会が入手すべき情報として不足しているものは何かという問いに対しては、最高経営責任者等の後継者の計画(プランニング)の進捗状況が共通の課題として挙げられている[*2]。日系企業に目を向けると、日本能率協会の調査(2019年)では、とりわけ「人材の強化」と「働きがい・従業員満足度・エンゲージメント」が同時に大きく経営課題としての順位を上げた。日本では人材不足が深刻化していることにも危機感が募る[*3]。
 最高の意思決定を下す経営者、また、その後継者として経営を支える次世代リーダーを組織的に輩出する仕組みを作ることがなぜ難しいのか。それは、人材不足が加速する今日の経営環境で10年前に有効とされた経営者に求める成果の出し方が、これからの経営に求められるものと乖離(かいり)し始めているからではないか。
 [図表1]のとおり、2019年のトレンド調査では、多くの回答者が21世紀の経営者には新しいリーダーシップが必要とされていると感じている。特に、「より複雑で曖昧(あいまい)な状況の中で人々を導く力」(81%)や「(権威・権限でなく)影響力によって人々を導く力」(65%)、また、「遠距離から組織を運営する能力」(50%)などが挙げられた。
 例えば、インクルージョン。すなわち、多様化する労働環境における公平性、自動化への理解、組織や人材のネットワークにおける統率力。10年前の経営者にはこのような力がどれだけ喫緊の課題として考えられていただろうか。私たちがクライアント企業を訪問し、経営者育成をテーマに議論をさせていただく度に、「今まで誰も教えてくれなかった」意思決定を仰がれ、「新しい」成果を求められていることに必死に試行錯誤する現場リーダーや経営者の雄姿を見る。変化する人材構成(年齢、国籍、言語、文化などの多様化)や顧客の期待、デジタル化の大波の中で、急速な変化のスピードを求められる彼・彼女らが受けるプレッシャーは計り知れない。コンサルタントとしてアセスメントやコーチングを担当させていただくと、どのクライアント先でも、次世代経営者やそれを支える人事や経営企画の方の苦労話には頭が下がる思いだ。
 組織がこれからの成功をけん引する優れたリーダーを輩出するために、発揮するべきコンピテンシーの定義をあらためて明確化し、どのような成果を出すことが求められるのかを原点に、育成の在り方を再考する時期にあるのではないか。その問いに対する示唆を、デロイトが25年間蓄積した60カ国、2万3000人以上の経営者情報を基に科学的に研究した情報から提供することが本記事の目的である。

2.優れたリーダーを決める能力は何か――科学的なアプローチから得た結論

 優れた経営を実現するためのリーダーシップ(経営者に求められる能力)は普遍的であり、世界共通である。これがChief X Officer (CXO)と呼ばれるようなトップエクゼクティブを中心に、合計10万時間以上のアセスメントインタビューから蓄積した情報を分析した結果から導かれた視点だ。業界・国を問わず、優れた経営者に求められるリーダーシップ能力(ケイパビリティ)は共通の定義で示すことができる。加えて、個人のポテンシャル(個性・価値観)が大きな変動要因となり、育成のスピードや伸び幅に相関があることも検証されている。

 リーダーシップ能力は大きく四つのグループに分類され、合計八つの能力(ケイパビリティ)と定義できる[図表2]。この八つの能力は普遍的で、時代を越えても共通しているが、昨今の経営課題解決において、どの能力が特に必要になるかの相関も明らかになってきた。
 さまざまな経営課題解決には、八つの能力の掛け合わせが必要であり、それがどのように発揮されるか(行動による成果)はレベルごとに難易度を増す。能力レベルは現場の1チームを仕切るチームリーダー(Level1)を起点に、リードする組織の規模や事業のスケールの難易度が上がるにつれて四つのレベルで定義される[図表3]。マトリックスリーダー(Level 2)は一般的に部長層を想定し、一つの機能領域を一任されたリーダーであるが、その成果は複数部署・機能との連携が前提となっている。ビジネスリーダー(Level 3)は一つの事業を統括する立場で複数の機能をまたぐ意思決定をするリーダーを想定し、エンタープライズリーダー(Level 4)がCXOレベルの想定となる。

[図表2]八つのリーダーシップ能力(ケイパビリティ)定義

グループ能力定義起業力

(1)組織を巻き込む力

人々との協働を通じて成果を上げる力:
① 独自のやり方を編み出す
② 周囲を奮起させる(2)方向性の指示ビジョンを具現化し、方向性を示す力:

① 全社・事業部それぞれの戦略を具現化する

② それに沿った方向性を適宜指示する推進力(3)推進力人々との協働を通じて成果を上げる力:

① 適材適所にリソースを配置して活用する

② 個人・チームのパフォーマンスを管理する

(4)人材を育む力競争優位性を実現する人材を育む力:
① 適材を見極める
② 育成アプローチを編み出す対人関係構築力(5)影響力

ステークホルダーを説得し、影響を与える

① 人脈を生かす
② 相手の利益を尊重する

(6)コラボレーション

パートナーシップを組み、シナジーを創出する

① 新しいコラボレーション機会を創出する

② 連携を成立させるビジネスをけん引する力(7)判断力ビジネスにおける洞察力を示す
① 責任をもって意思決定を下す
② 意思決定に自信を誇示する

(8)ビジネスにおける優位性

変革やイノベーションを推進する
① 競争優位性を定義する
② 競争力を測り、評価する

[図表3]これからの経営に求められるリーダーシップ能力(ケイパビリティ)は世界共通

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 昨今の各社が抱える経営課題解決を、どのような能力に長けた人材に任せれば成果が出るのか。もちろん、八つの能力をすべて兼ね備えていればその人材が活躍する可能性は広がる。しかし、今の経営人材には至急の課題解決が求められる。
 例えば、不確実性の高い環境における事業変革や業務効率化を課題として取り組む場合は、「起業力」に長けたリーダーを配置することが望ましい。複雑な事業環境の下でステークホルダーを巻き込みながら、目指す共通のビジョンを定義するだけでなく、目的を達成するまでの過程で適切な指示を出す術を多く持つリーダーが推進するほうが成功率は上がる。また、新規事業の立ち上げや、既存事業の改変に取り組むのであれば、「ビジネスをけん引する力」が欠かせない。とりわけ、限られたリソース(人・カネ・時間)をどう配分し、新しい事業や成果をどう生み出すかの難しい意思決定に責任を持ち、与えられた期間で成果目標を定義・測定・評価して次の提案をする力を持つリーダーが必要だ。
 ゆえに、これからの経営課題解決を通じて次世代のリーダーを育成する際には、八つの能力定義に照らしてそれぞれの経営課題解決に適した能力を持つ人材を登用するか、研修のような安全な環境下でそのような能力開発を意図的に行うことが望ましい。

 次に、今能力をある程度発揮できている人材の中でも、育成の機会を与えることでさらなる飛躍を遂げる人材もいれば、伸び悩む人材もいる。その理由は、リーダーシップ能力開発の背景に、個人が持つポテンシャル(個性・価値観)が介在するからだ。
 ここでいうポテンシャルとは、伸びしろという意味ではない。むしろ、一人ひとりが持つ潜在能力であり、それぞれが生まれ育って培ってきた個性・価値観から醸成される。ゆえに、それを変えることを経営者育成の施策として取り入れるのではなく、その潜在能力に働き掛ける能力開発機会を提供することが、今の時代に求められる能力を効率良く伸ばすカギとなる。
 [図表4]に示した12のポテンシャル(個性・価値観)は、人間が物事を考え(認知)、それに沿って言動を起こし(行動)、さらにそこから他人とどう交わるか(干渉するか)を左右する。さらに、これらのポテンシャルは、八つの能力を発揮・進化させる際の原動力となり、またリーダーシップ能力開発のスピードに影響を及ぼすことも分かっている。

[図表4]能力開発を後押しする12のポテンシャル(潜在能力)を尊重することも必要

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 ここで特筆すべきは、ポテンシャルは個人が長い人生経験から培ってきたものなので、特にどのポテンシャルが高い・低いことが良い・悪いと評価するものではない。一方で、能力開発に影響を及ぼすので、課題解決を実現する人材を輩出するためには、その課題解決に求められる能力を見極めるだけでなく、それを後押しするポテンシャルも理解した上で、期待される成果や達成したい姿を定義することが有効になる。
 これからの経営課題解決に必要な能力と、その能力を発揮した際の姿を明確に伝え、目標を達成しながらその姿を体現する経験を積ませることが、経営人材の活躍を後押しすることにつながる。例えば、事業変革をリードする役割に立つ人材であれば、組織を巻き込む力の観点からは、最低限リーダーとしてのインパクトを発揮して、チームに所属する一人ひとりが変革に対して前向きな体制を築くことが必要である。加えて、その能力を発揮しやすい人の中でも、精神的なタフネスを兼ね備え、自己信念が強い人材のほうが活躍しやすい。組織としては、個人の個性も考慮した上で、経営人材が課題解決を目標に据えて取り組む際に、具体的なアクションとして何をするべきか、を個人の行動目標として定義することで、さらなる育成が実現される。

 [図表5]に、先の[図表3・4]に掲げた能力とポテンシャルの相関を示した。例えば最近、新規事業のプロジェクトリーダーを育成・選抜したいというご相談を日系企業から受けることも多い。こうした役割の遂行には、既存の知識や前提にとらわれず新しい事業に挑戦される人に求められる「ビジネスをけん引する力」(判断力、ビジネスにおける優位性)も重要ながら、それを支える「明確な判断」や「変革への前向きさ」をポテンシャルとして持っている人材の選抜が成否を分けるともいえる。特に判断力については、ポテンシャルとして「概念的思考」を好むか好まないかで、意思決定するために必要な材料(情報の粒度や量)がそろわなくても不確実な状況で必要な決定を下せるかが分かれる。

[図表5]求められるリーダーシップ能力発揮の在り方と、その実現を後押しするポテンシャルとの相関

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3.組織的にリーダー人材を育てる取り組み事例

 以上のような、能力・ポテンシャル定義を活用した取り組み例を一つ紹介しよう。国際金融機関である銀行Aは、世界市場への対応を強化するためにM&Aを度々繰り返し、新規市場への参入を通じて事業成長を遂げるグローバル化を推進してきた。一方で、新規参入したアジアや東欧、アフリカなど複数地域で、事業推進や意思決定を担うシニア層の人選基準やタレントのレベルがバラつき、事業目標の達成に苦しみ、また、適任者の選任・配置が課題となっていた。
 銀行Aがまず着手したのは、世界中の新規参入事業を担うために求められる次世代経営者の能力・ポテンシャル定義の策定だ。同社は、新規参入戦略を世界中で成功させるためには、より営利志向と起業力の強い意思決定者を輩出する仕組みを築くことが急務という見解に至った。そして、世界共通の新要件に沿った人材アセスメント(能力評価)を行い、自社の人材が有する能力・ポテンシャルを俯瞰的に把握した。その上で、社内の人材登用計画を「求められる能力」ベースで議論し、育成のための有効な情報を集約する基盤を構築した。さらに、社内で不足している能力・ポテンシャルを持つタレントを社外から獲得するため、これらの結果を採用要件に織り込んで、活躍できる即戦力人材の採用活動を展開した。
 こうした取り組みを通じて、役員を含む管理職層のサクセッションプラン(後継者の登用計画)を、能力・ポテンシャルの評価結果を基に可視化し提案する仕組みが構築された。結果、登用先のポジションで成果を上げた人材が92%に上り、提案の精度の高さが取締役会でも確認された。また、人材アセスメントによって、国や地域を越えて均一に人材の流動化を図ることが可能となり、次世代経営者育成施策に関しては必要なケイパビリティ(能力)の向上に集中的に投資するような意思決定が可能になった。
 銀行Aは、継続的に次世代リーダーのパイプラインのアセスメントと育成施策を展開することで、世界規模で次世代経営人材のポートフォリオを構築し、現在65カ国に拠点を展開し成長を続けている。

4.これから活躍するリーダー人材の育成

 今の時代、人材に求めるコンピテンシー定義を明確化して育成の機会を設け、次世代の経営者育成に何かしらの投資を行っている企業は多い。しかし、残念ながらその施策を見ると、従来の経営者育成に有効だった施策例を起用するにとどまるケースが少なくない。
 今回紹介した八つの能力は、従来の経営者にも共通して有効な力であり、それを長い年月と経験を費やして育てることが今までは有効だった例もある。しかし、これからの経営を支えるリーダーが、存分にその力を発揮して組織を成功に導くためには、中長期的な事業目標を達成するために必要なリーダー像、特に求められる能力を再定義し、事業成果達成のためのリアルな課題解決を通じたクイックな育成およびポテンシャル開発が必要だ。
 今日、意思決定を迫られる経営者たちは、本当に必要な力が備わっている・いないに関係なく、四苦八苦しながら新規事業の企画に悩み、さらなる業務の改変や効率化を求められ、リソース(人材、予算)が足りない中でも短期的な結果を求められている。私たちが置かれる事業環境の国際化、デジタル化、スピードがこれだけ加速している今だからこそ、次世代経営者の登用のマッチングや育成施策を発展させるべき時にあるのではないか。そうした取り組みを進める上で、今回紹介した「八つの能力」の視点に基づく施策の有用性は当社の研究からも実証されている。
 これらを踏まえ、昨今関心が多く集まる「デジタル」への対応や、「ダイバーシティの推進」という事業課題を前提として、連載の第2回はデジタルリーダー、第3回はインクルーシブリーダーの育成について考えてみたい。

《参考文献》

*1 デロイト トーマツ コンサルティング合同会社「2019 デロイト グローバル・ヒューマン・キャピタル・トレンド――ソーシャルエンタープライズへの進化:人間中心の組織改革」

*2 有限責任監査法人トーマツ「取締役会 実態調査アンケート結果 2016年版」

*3 日本企業の経営課題2019調査結果 第40回 当面する企業経営課題に関する調査(一般社団法人日本能率協会)

櫻井 希 さくらい のぞみ
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 パートナー
リーダーシップサービスリーダー。チェンジマネジメント、リーダー育成に関するプロジェクトに従事、日本、東南アジア、北米、欧州、14か国以上のチームマネジメント実績を持つ。2016〜2019年にかけて Deloitte University Asia Pacific を設立し、合計21か国のリーダー人材育成機関をシンガポールに設立。事業戦略策定に加え、リーダー育成カリキュラム構想、プログラム開発、講師を担当。
Hogan Assessment、EQi、デロイトグローバルベンチマークアセスメントの資格者。
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