「らっきょうの塩漬け、梅干し、梅の酵素ジュースに豆板醤……。この季節はつくるものがいっぱいあって、毎日が忙しいんですよ」

少女のような、天真爛漫な笑顔で話すのは、今年73歳を迎えた高橋季みさん。千葉県東金市にある一軒家で月に数回、雑穀や発酵食品、季節の食材を使った「つぶっこ楽膳教室」を開き、庭の畑の手入れをしつつ、合間に季節の保存食をつくり、本人いわく“自然と遊びながら”暮らしている。

季みさんは’47年4月、兵庫県豊岡市にて、4人きょうだいの長女として生まれた。海、山、川に恵まれた土地で、活発で体格もよかった彼女は、地元の言葉で“ごんた”と呼ばれるガキ大将だった。

「女の子らしくしなさい、なんて言われることもなく、自由に育てられました。地元の高校に進んでからも、いくつもの部活をかけ持ちして走り回っていたので、肝心の勉強はイマひとつでしたね(笑)」

所属していた部のひとつ、社会学研究部の活動で知り合ったのが、最初のパートナー。沖縄返還への願いを込めた行進のときだった。

「彼は沖縄出身で、神戸大学の医学生でした。その影響もあって神戸の看護学校に進学しましたが、早々に寮を飛び出し、神戸の大学に進学していた兄、そして彼と3人で暮らすようになりました。私は3食と、お弁当づくりの担当で、週に一度、2人を引き連れて市場へ買い出しに行き、あとは野草なんかを活用して。まわりからは『季みちゃんは、なんでもおいしい食べものに変えるのね』なんて、驚かれていました」

看護師と保健師の資格を得て卒業し、’71年に24歳で結婚。3人の子どもを授かり忙しい日々を送っていた。

「(末っ子の)息子が生まれたのが’79年1月で、明石に100床ほどの病院をつくったのが9月、12月には小野市に特別養護老人ホームを設立しました。資金? もちろん借金です。私はおもに裏方でしたが、子どもを背負い、トイレにゆっくり座る間もないほど忙しかった。でも、多くの方が助けてくださったし、それに、働くのも好きなんでしょうね」

病院の仕事のほか、PTA活動にも積極的に参加し、役員として料理講習会などを主催した。

「医療の現場にいることでなおさら、食の大切さを感じていました。やはり、根本的に体をよくするのは、化学的な薬よりも食で、できるだけ自然に近いほうがいい。体にいい食材を使った料理を広めたくて、たとえば『いわしてください』というイワシ料理の講習会を開いたり、当時友人が編集者をしていた「あまから手帖」に、レシピ投稿をしたりしていました」

季みさんは、「昔は当たり前のように、調味料も自宅でつくっていたんですよね」と話す。

「神戸時代もできるだけ自然に近い生活を、とは思っていましたが、せいぜい、みそを自宅で熟成させる程度でした。だから、手づくりできるなんて、本当にうれしくて、おいしくて。『本朝食鑑』といった書物でも勉強し、しょうゆやみりん風、酢などの調味料、保存食品……できるものはすべて手づくりするようになりました」

「女性自身」2020年7月28日・8月4日合併号 掲載