「胸が締めつけられるように痛むのに、病院を何軒回っても〈異常なし〉と言われる……。もし、あなたがそんな症状に悩まされているなら、“微小血管狭心症”かもしれません」

そう警鐘を鳴らすのは、日本冠微小循環障害研究会(J-CMD)の代表世話人で、国際医療福祉大学副大学院長や東北大学名誉教授を歴任する医師の下川宏明さん。別名“隠れ狭心症”とも呼ばれる微小血管狭心症は、見逃されやすい病気なのだ。

いわゆる“狭心症”とは、どう異なるのか。

「一般的な狭心症は、心筋に血液を送る太い冠動脈が、動脈硬化やけいれんによる収縮によって、一次的に酸素不足(虚血状態)になることで胸痛などを引き起こします。

一方、微小血管狭心症は、太い冠動脈の先にある細い微小冠動脈が炎症を起こし、十分に拡張しなかったり逆に収縮しすぎたりすることで、同じく一次的に酸素不足になるために胸痛などが生じるのです」(下川さん、以下同)

つまり、同じ狭心症でも、虚血状態になる血管の場所と原因が異なるのだ。加えて男女差もあるという。

「一般的な狭心症は男性に多いのですが、微小血管狭心症は女性ホルモンが減少することで罹患しやすくなるため、2対1の割合で女性のほうが多いのが特徴です。更年期世代の女性の10人に1人が微小血管狭心症に罹患していると考えられています」



■正しい診断ができる医療機関は少ない

ところが、微小血管狭心症が認知され始めたのは2000年に入ってから。依然として、正しい診断ができる医療機関が少なく、多くの女性が“隠れ狭心症”に苦しんでいるのが現状なのだ。

「というのも、心疾患が疑われるときに行う心臓カテーテル検査(冠動脈造影検査)で可視化できる冠動脈は、全体のわずか5%に過ぎないため、微小血管狭心症の経験が少ない医療機関では異常が見つけられないからです」

そのため、医師から〈気のせいだ〉と言われ、精神科を受診するよううながされる患者もいるという。そうならないためには、まず私たちが微小血管狭心症の症状を知っておく必要があるだろう。

「一般的な狭心症では、ぎゅっと左胸が締めつけられるような胸痛が起きます。長くても十数分で治まるケースが多く、ニトログリセリンという薬を舌下で溶かして服用することでよくなります。

一方で、微小血管狭心症は、20分から数時間と長く続くのが特徴で、ニトログリセリンの効果も一定しません。また、動悸や息切れ、左肩や歯・あごの痛みといった放散痛、胃痛などの消化器症状を訴える方も少なくありません」

更年期障害や自律神経失調症などの症状とも似ているため、誤診されることも。ほかの心疾患と比べて〈死に至るほどではない〉と軽視されてきた微小血管狭心症だが、下川さんが研究代表者を務めた国際共同研究で、次のような事実も判明した。

「微小血管狭心症の患者の予後は、太い冠動脈に動脈硬化による狭窄・閉塞がある狭心症患者と比較して同等に予後が悪く、かつ性差や人種差がない国際的な健康問題であることが初めて明らかになりました」



■生活習慣の改善で予防ができる

決して侮れない微小血管狭心症。更年期の女性であることに加え、次のようなリスク要因がある方は要注意だ。

「高血圧や糖尿病、脂質異常症などの生活習慣病がある方、さらに喫煙は大きなリスクにつながります」

前述したように、微小血管狭心症を正しく診断・治療してくれる医療機関は、まだ限られている。J-CMDのウェブサイトでは、検査を受けられる全国172の医療機関を紹介しているので、ぜひ参考にしてほしい。

こうした医療機関を受診することで、次のような検査・治療が受けられる。

「まず、じっくり問診したうえで、微小血管狭心症が疑われる場合には、心臓カテーテル検査を行い、太い冠動脈に動脈硬化による狭窄・閉塞などがないか確認します。

狭窄・閉塞がない場合は、微小血管狭心症が疑われますので、微小冠動脈の収縮や拡張を起こす薬剤を投与したうえで、症状や心電図変化、冠動脈抵抗などを検査。異常が確認できれば、微小血管狭心症と判断して治療を開始します」

治療は、飲み薬がメインとなる。

「安静時に胸痛が起きる場合はカルシウム拮抗薬を、労作時に胸痛が起きる場合はベータ遮断薬を主に処方します。効果が不十分な場合は、スタチンやACE阻害薬を追加します。これで多くの方は症状が改善されます」

早期発見・早期治療につなげることが大事だが、「罹患しないための生活習慣の改善も必要だ」と、下川さん。

「喫煙者はすぐに禁煙を。女性の血管は、閉経までは女性ホルモンによって守られていますが、喫煙は女性ホルモンの効果を打ち消すどころかマイナスに作用します。もう一つは、週3回30分ほどの有酸素運動を。とくに微小血管の機能を改善します」

隠れ狭心症で苦しまないためにも、まずはこうした正しい知識を持つことが大切だ。