両親の言葉支えに…28歳視覚障がい女性が進む「弁護士への道」

「父(克介さん・70)も同じ視覚障がい者ですが、複数の福祉施設を営む社会福祉法人の理事長として、晴眼者と同じように社会生活を送っているので、私も社会に貢献できるはず。文章を読み上げるパソコンソフトや点字機器、記憶、そして熱意を武器に、優れた弁護士になるため研修に励んでいます」

そう話すのは、昨年9月、最難関の国家試験といわれる司法試験に、2度目の挑戦で合格した板原愛さん(28)。弁護士といえば、法廷で分厚い書面や六法全書を駆使しながら立ち回る姿を思い浮かべるが、愛さんは、角膜変性症という重度の視覚障がいがあり、視力は0.02〜0.03で、視野も30度程度と狭い。文字を読むのも困難だ。

「昨年末で司法研修所での勉強を終えています。今は裁判所、法律事務所などでの研修が始まっています。司法修習生仲間もできて、先日は飲み過ぎてしまいました。研修後、法律事務所への就職活動は大変だと思いますが、この人に依頼してよかったと思われる弁護士になりたいです」

障がいがありながらも、人生の試練をくぐり抜けてきた愛さんは、勇壮なだんじり祭で有名な、大阪府岸和田市で生まれ育った。

「普通の小学校に通いたいと言ったときは、教育委員会に交渉してくれたし、両親は私の挑戦を必ず応援してくれる。でも、始めたことは“やり遂げるまで諦めるな”と厳しく育てられました」(愛さん・以下同)

小学校では、拡大文字の教科書を使用していたが、学年が進むにつれ、扱う文章も長くなり、拡大文字ではスムーズに読み進められない。勉強に遅れが出ないよう、中学校は東京の視覚特別支援学校へ入学。親元を離れての寮生活を始めた。

「中学時代、分厚い点字の憲法の本に夢中になり、修学旅行にも持参したりして(笑)。次第に司法に関わる仕事をしたいと考えるようになって、周りには『弁護士になる』と宣言していました」

一浪して入学した青山学院大学法学部では、友人とダーツやビリヤードも楽しんだ、と笑顔で振り返る愛さん。卒業後は、本格的に司法試験に臨むため、法科大学院へ進学した。

「早稲田大学の大学院法務研究科を選んだのは、司法試験の合格率が高かったこと、それに日本の大学では数少ない、障がい学生支援室が設置されているためです」

愛さんのために板書が読み上げられるほどサポートは手厚く、教科書を作った出版社の協力もあって、文章を音声に変換することができた。同級生たちのなかには名門校出身も多く、刺激になったが、「優等生だったことが一度もない」という愛さんにとっては、気後れすることも多かった。

そんなとき、希望の光となったのは、日本で初めて視覚障がい者として弁護士になった、野村茂樹氏が所属する奥野総合法律事務所に、計3週間、インターンとして受け入れてもらったことだ。

「野村先生は、所長の奥野(善彦)先生に『弁護士に必要なのは書類を読むことよりも、判断力だ』と言われて、弁護士になることを決意したそうです。その話は、私にとって強い励みになりました」

1度目の司法試験は不合格。くじけそうになったが、父親からは電話で「刀折れ、矢尽きるまで戦う覚悟で挑め」と励まされた。司法浪人としての1年間は、全力を尽くすことだけを考えた。

「布団に入ると、『今日は勉強が少なかった』と不安になってしまう。だから、そんな余裕もないほど疲れ切るまで勉強しました。それで2度目の挑戦は、合格者の中で上位17%に入る成績でした」

現在の研修生活が終われば、晴れて弁護士となる愛さん。

「弱視の人は、多少は目が見える。そのため社会に出ると、頼まれた書類仕事などでオーバーワークになり、症状が悪化したり、休職・復職を繰り返すケースもあります。障がい者の人たちを助けるため、私だからこそできる活動をしたい。でも、これまで長く仕送りで生活してきたので、まずは、しっかりと一人前の弁護士として、自立して稼いでいきたいですね!」

父と母から教え込まれた“諦めない”という強い気持ちが、愛さんからはあふれていた。


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