日本画家・福田眉仙
日本画家・福田眉仙

 現在の相生市に生まれ、明治から昭和にかけて活躍した日本画家・福田眉仙の作品およそ80点を集めた企画展が姫路市立美術館で始まった。前期の展示は終了、10月29日から後期の展示となる。11月15日まで。

《富士五湖》絹本着色(六曲一双屏風)1936(昭和11)年 姫路市立美術館蔵
《富士五湖》絹本着色(六曲一双屏風)1936(昭和11)年 姫路市立美術館蔵

 福田眉仙は、1875年(明治8年)、現在の相生市に生まれた。作品のうち最も多いのが中国の風景を主題とした山水画で、中国に渡って実際の景色をもとに作品を残したほか、国内でも各地にスケッチ旅行に出かけた。神戸・湊川神社や京都の大覚寺、神護寺などの天井絵や襖絵なども描いた。

 企画展では、初期から晩年までのおよそ80点を集めた。注目すべきは、中国滞在中に書き留めたスケッチをもとに制作した「支那三十図巻」。全巻で250メートルを超える大作で、前後期に分けてすべてを展示する。

 万里の長城を描いた「長城図巻」。眉仙は北京にある明代皇帝の陵墓「明十三陵」が見えるあたりから描き始め、名所として最も有名な八達嶺あたりまでを描いている。居庸関あたりから山深くなり雪景となっている。

《長城図巻》(部分) 紙本墨画淡彩 1919(大正8)年 姫路市立美術館蔵
《長城図巻》(部分) 紙本墨画淡彩 1919(大正8)年 姫路市立美術館蔵

 また、会場には「富士五湖」を描いた2つの作品が並ぶ。

 眉仙は1940年に開催が予定されていた東京オリンピックに向け、当時の国立公園を屏風に描き日本を訪れる外国人に「日本のいい所」を紹介しようと展覧会を計画していた。しかし戦争によりオリンピックは中止。展覧会も開催できず、作品も多くが失われたと考えられていた。

 1936年(昭和11年)に描かれた「富士五湖」も戦災で焼失したと考えられたため、眉仙は1947年(昭和22年)に「富士五湖図」として再制作したが、近年、最初の作品「富士五湖」が残っていることがわかったという。この2つの「富士五湖」が並ぶのは初めてで、構図や大きさは同じだが、細部の描き方や色遣いが異なる。

《富士五湖図》 絹本着色(六曲一双屏風)1947(昭和22)年 姫路市立美術館蔵
《富士五湖図》 絹本着色(六曲一双屏風)1947(昭和22)年 姫路市立美術館蔵

 姫路市立博物館の高瀬学芸員は、「眉仙は名前が売れている方ではないが、その実力は評価されている。郷土ゆかりの作家の作品を見てほしい」と話す。