5シーズン半という短いキャリアながら、今もなお人々の記憶に残り続けている伝説のF1ドライバー、ジル・ビルヌーブ。そんな彼の半生を振り返る特集の第2回は、彼が事故死を遂げる1982年ベルギーGPの直前に行なわれたサンマリノGPに焦点を当てる。

 1982年、3年ぶりのタイトル獲得を目指すフェラーリは、大胆な改革に出た。イタリア人がマシンをデザインするという伝統を断ち切り、最新技術を知るイギリス人デザイナーを雇うことにした。フェラーリ創始者のエンツォ・フェラーリも、ドライバーのビルヌーブとディディエ・ピローニに、競争力のあるマシンの提供を約束した。

 ニューマシンのデザイナーとして白羽の矢が立ったのは、ウルフやフィッティパルディで仕事をしていたハーベイ・ポストレスウェイトだった。彼がデザインしたフェラーリ126C2はテストでも好調な走りを見せていたため、ビルヌーブの初タイトルも夢ではないと思われた。

 ビルヌーブは開幕3レースで2度のリタイアと1回の失格という結果に終わったが、予選では開幕戦南アメリカGPで3番手、第2戦ブラジルGPで2番手に入るなど、ピローニを上回るパフォーマンスを見せ、同時に126C2のポテンシャルの高さも証明した。

 第4戦はイタリア・イモラにあるエンツォ・エ・ディーノ・フェラーリ・サーキットを舞台に行なわれたサンマリノGP。エンツォの亡き息子の名前を冠した、フェラーリにとっての地元レースである。ここでビルヌーブの運命を左右する事件が起きることとなる。