市川海老蔵はなぜこのタイミングで襲名会見を行ったのか

襲名会見で遊びよりも稽古が好きと答えた優等生な勸玄くん

「“えー、できなーい”みたいなことをさっきまで言っているんですけど、いざ緞帳が上がりまして、堂々とやっている姿を見ると放っておいてもいいのかなと」

 1月14日、歌舞伎座で、'20年5月に十三代目市川團十郎を襲名することを発表した市川海老蔵。同時に八代目市川新之助を襲名する長男・勸玄くんの魅力を問われると、笑顔でこう話した。

「襲名公演は来年5月から歌舞伎座で3か月間行われます。その後、福岡の博多座など地方公演が行われ、それが翌年まで続くのです。会見では7年ぶりに復活する大名跡である“團十郎”の話題が中心でしたが、勸玄くんのハキハキとした受け答えや可愛らしさに、報道陣はメロメロでしたね」(全国紙記者)

 そんな勸玄くんは、新橋演舞場で行われている『初春歌舞伎公演』に出演中。海老蔵とともに、昼と夜の公演に出ている。

「1月3日の初日には、小林麻耶さんが旦那さんと一緒に見に来ていました。舞台の最後に役者さんが全員で出て、観客へ手ぬぐいをまくのですが、勸玄くんと麗禾ちゃんも登場したんです。2人は客席の5列目くらいにいた伯母である麻耶さんを見つけると、うれしそうに彼女に向けて手ぬぐいを投げていました。麻耶さんも子どもたちに笑顔で手を振っていましたね」(居合わせた観客)

 2人の母である小林麻央さんが乳がんで亡くなったのは、'17年6月のこと。闘病中から姉である麻耶は、妹の負担を減らすために、幼稚園の送り迎えなどを手伝っていた。

「一部週刊誌が海老蔵さんと麻耶さんが再婚するのではなどと書いたため、彼女が海老蔵さんの家へ行くことを遠慮することもありました。

 また、彼女自身も結婚して生活が大きく変わりましたね。ですが、甥っ子たちを思う気持ちに変わりなく、運動会などの節目には必ず会っていますよ。また、母を失った勸玄くんや麗禾ちゃんにとっても、彼女の存在が精神的な支えになっているのは間違いないでしょうね」(成田屋に近しい人)

なぜこのタイミングでの襲名だったのか

 麻央さんの死は、成田屋に暗い影を落とした。それは團十郎襲名にも影響を及ぼしていたという。

「'13年に先代の團十郎さんが亡くなってから、勧進元の松竹は襲名の時期を模索していました。しかし、麻央さんが病に侵されてしまったため、それどころではなくなってしまったのです。一周忌が終わっていることもあり、このタイミングでの発表となったのでしょう」(松竹OBで芸能レポーターの石川敏男氏)

 だが、この時期の襲名発表は、あの世界的イベントの存在も大きいという。


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