1トップにロビン・ファンペルシ。二列目は右からクリスチャーノ・ロナウド、香川真司、ガレス・ベイル。中盤センターはウェイン・ルーニーとマイケル・キャリック……。サー・アレックス・ファーガソンが思い描き、実現寸前だった豪華メンバーである。

マンチェスター・ユナイテッドに黄金期を築いたファーガソンは、2012−13シーズンを最後に勇退した。現場を退いた理由は、双子の妹であるブリジットさんを病で亡くされたキャシー夫人が絶望していたからだ。「少しでも家内の傍にいてやりたかった」と、ファーガソンも自著『MY AUTOBIOGRAPHY』のなかで述懐している。

それにしても凄いメンバーだ。レアル・マドリーに移籍していたC・ロナウドの復帰を画策し、トッテナムとの交渉でベイルも獲得間近だったと、当時をよく知るパトリス・エブラ(トップランクの左サイドバックだった)が『UTD Podcast』で明らかにしている。

「クリスチャーノも“復帰するつもりだった”と言っていたよ」

嗚呼、なんていうことだ。12年の夏に、ファーガソンが全世界を驚かせる補強プランを練り上げ、あと一歩で完了するはずだったとは、まったく知らなかった。仮にC・ロナウドとベイルがユナイテッドにやって来ていたら、プレミアリーグ連覇。チャンピオンズリーグも奪還できただろう。

少なくともデイビッド・モイーズが出る幕は絶対になかった。この男、「ルーニーはあくまでもファンペルシの控え」と暴言を吐き、人間関係をこじらせた。マルワヌ・フェライニにユナイテッドでプレーする機会を与え、多くのサポーターのヒンシュクを買った。

また、エブラによると、ファーガソンは入団1シーズン目のファンペルシと香川に、何度も何度も謝っていたという。「ユナイテッドでより磨きをかけるぞ」と意気込んでいた両選手にとって、頼れる指揮官の退任は大きすぎるショックだったからだ。

ファーガソンの事情が許し、ユナイテッドの監督でありつづければ、とくに香川のフットボール人生は大きく開けていた可能性が非常に大きい。スペインの2部で燻っているはずがない。いまごろ、押しも押されもせぬ大スターになっていただろう。ベイルもゴルフよりフットボールを大切にしていたはずだ。

ファーガソンの退任から7年、ユナイテッドはメインステージから振り落とされようとしている。モイーズ、ルイ・ファンハール、ジョゼ・モウリーニョといった後任は混迷の輪を広げるばかりで、オーレ・グンナー・スールシャールはロッカールームを掌握できていない。

いや、だれが監督に就任しても、それがユルゲン・クロップやジョゼップ・グアルディオラであっても、ファーガソンの幻影には苦しめられる。92−93シーズンのプレミアリーグ発足以降、退任するまでの21シーズンで13度の優勝、チャンピオンズリーグは二度の戴冠。彼を上まわる監督なんて、そう簡単には現れそうもない。

文:粕谷秀樹