自分の意思や要求、感情を相手に伝える「声」。病気や障害のため、その身近なコミュニケーション手段を奪われた人たちがいる。「失声」を受け入れ、共に生きる宮城の人たちの挑戦と決断の日々を追った。
(報道部・石川遥一朗)

 宮城県内の喉頭摘出者でつくる「立声会」(仙台市)で会長を務める佐々木茂さん(73)=仙台市泉区=は、東日本大震災直後の経験を苦々しく思い出す。
 安否確認のため知人にかけた電話で、電気式人工喉頭を使った佐々木さん。装置が発する声はブザーのような音がするため、耳慣れない人が少なくなかった。
 喉頭を摘出した事実を知らなかった人からは「ふざけているのか」「いたずら電話はやめろ」と怒鳴られた。名前を何度名乗っても本人と信用されなかった。
 「同様の苦労は喉頭を摘出したみんなが経験している。自分の声を失った上に、代用の音声を得てもつらい思いをする」と嘆く。
 立声会の会員は、まず人工喉頭で発声を訓練する。その後、より自然な声を求め、食道で声を出す「食道発声法」の習得を目指す。
 食道発声は腹部に力を入れ、体内に取り入れた空気をげっぷの要領で出し、食道の入り口の粘膜を声帯の代わりに振動させる。低く小さいが、地声に近い。習得は難しく、早くて1年。4年以上かかる人もいる。
 立声会で発声指導に当たるのは、NPO法人日本喉摘者団体連合会(東京)の養成講座を受講し、訓練士に認定された会員たちだ。
 1月中旬、指導員の佐藤典江さん(68)=宮城県栗原市=は、県障害者福祉センター(宮城野区)であった訓練合宿で、食道発声に挑む会員に根気強く
 腹部から空気を出すタイミングをつかむため、お茶を使用。「飲んで喉を通り過ぎたら、おなかに力を入れて。ここで空気を出すと声になる」と解説した。
「師匠」に恩返し
 佐藤さんは2002年、気管にできた腫瘍の治療で喉頭を摘出した。食道発声を習得するまで立声会の訓練合宿に2年も通った。
 「師匠」と呼ぶ当時の女性指導員が支えとなった。夜遅くまで2人で話し込み、師匠が声を出す様子を観察した。「世間話と言いながら、実際は長時間訓練してくれた」と感謝する。
 受けた恩を少しでも返そうと、佐藤さんは師匠の指導方法をまね、会員たちと向き合う。1日の訓練が終わると積極的に話し掛け、世間話に時間を費やす。
 立声会の訓練合宿は同じ境遇にある人たちが支え合い、周囲の目や耳を気にせず話せる場。会長の佐々木さんはこう明かす。「普段は寡黙な会員も、ここではおしゃべりになる」

[立声会]喉頭がんや甲状腺がんなどのため、喉頭を摘出して声を失った県内の人たちが1953年、発声訓練と交流を目的に設立した。現在の会員数は134人。4泊5日の合宿形式の発声訓練教室を毎月開く。大半の都道府県に同様の団体があるが、合宿の実施は全国でも珍しく県外からも参加する。