自然に言えた「私の子」 特別養子縁組、親子の絆

自然に言えた「私の子」 特別養子縁組、親子の絆

 生みの親が育てられない子と、養父母が戸籍上の親子関係を結ぶ「特別養子縁組」。児童虐待の増加などを背景に、子どもが家庭的な環境で健やかに成長できるように、厚生労働省は制度の利用を推進する方針を打ち出している。年齢要件の引き上げなどが議論されている一方、制度自体が社会に広く知られていない現状がある。実際に特別養子縁組をした兵庫県北播磨地域の親子を取材した。(斉藤正志)

 「おとうさん、積み木しよー」

 藤谷正雄さん(44)=仮名=が総太ちゃん(5)=同=に手を引っ張られるのを、妻の加代さん(39)=同=がほほ笑んで見守る。

 総太ちゃんは昨年10月、夫妻と特別養子縁組が成立し、戸籍上も「家族」になった。

 夫妻は2009年に結婚。子宝に恵まれなかった。子どもはいなくていいと思った時期もあったが、次第に「欲しい」との思いが募った。不妊治療を巡ってけんかし、険悪な関係になったこともあった。

 特別養子縁組をテレビ番組で見て知ったのは12年だった。「出産以外に子どもを持てる選択肢がある」。兵庫県内で長年にわたって特別養子縁組などをあっせんしてきた家庭養護促進協会神戸事務所に連絡。研修を受け、県から里親の認定を受けた。2年後の14年12月、2歳だった総太ちゃんを紹介された。

 乳児院で初対面。夫妻は「かわいい子やな」と一目で引かれた。毎週通って一緒に遊び、職員はいつも「お母さんが来たよ」と総太ちゃんに声を掛けた。

 ある日、加代さんが2人で遊んでいる時、総太ちゃんが何げなく「お母さん」と呼んでくれた。加代さんは「受け入れてくれるか不安だったけど、親になっていいよ、って言ってくれた気がした」。

 自宅に泊め始めた当初は「(乳児院に)帰りたい」と泣くこともあった。そんなときは車の中に連れて行き、落ち着くまで背中をゆっくりたたき、歌を歌った。

 15年6月に里親委託を受け、一緒に住むように。16年4月、家庭裁判所に特別養子縁組を申し立てた。半年間の試験養育期間を経て、正式に認められた。

 1年以上、ともに暮らしていたので生活が変わることはない。でも里親だった時のように、小児科で保護者と名字が違うことに説明を求められることはなくなった。正雄さんは「もやもやしていた感覚がなくなり、すっきりした」と笑う。

 加代さんは、一緒に作った卵焼きがうまく出来上がった時、思わず「さすが『お母さんの子』やね」と声を掛けた。正式な親子になるまでは、何となく抵抗があって言えなかった言葉が口をついた。

 洗濯物を畳んでいると、抱っこをせがまれる。「お母さん好きや」と言われ、思い切り抱き締めて、ほっぺにチューした。

 「うれしいことが次々に起きる。しんどいことは忘れました」と加代さん。「子どもが成長しても、安心して帰って来られる家庭にしたい」とほほ笑んだ。


 【特別養子縁組】 原則6歳未満の子どもを対象に、養父母と縁組する制度。普通養子縁組と違い、実親と法律上の親子関係はなくなる。予期せぬ妊娠など実親が育てられない事情があり、家庭裁判所が必要と認めれば成立する。離縁は原則できない。児童相談所と、都道府県に届け出た民間団体があっせん事業を行う。営利目的の悪質業者を排除するため、来年4月には、民間団体は都道府県の許可制とする「養子縁組児童保護法」が施行される。

スゴ得でもっと読む

スゴ得とは?

関連記事

おすすめ情報

神戸新聞の他の記事もみる
主要なニュースをもっと見る
社会のニュースをもっと見る
経済のニュースをもっと見る
政治のニュースをもっと見る
国際・科学のニュースをもっと見る
エンタメのニュースをもっと見る
スポーツのニュースをもっと見る
トレンドのニュースをもっと見る
生活術のニュースをもっと見る
地域のニュースをもっと見る

社会のニュースランキング

ランキングの続きを見る

社会の新着ニュース

新着ニュース一覧へ

人気記事ランキング

ランキングの続きを見る

東京の新着ニュース

東京の新着ニュースをもっと見る

コラム・街ネタ

東京のコラム・街ネタをもっと見る

特集

特集一覧を見る

記事検索