阪神・淡路大震災後に兵庫県内で行政が主導した復興土地区画整理事業と市街地再開発事業の総事業費が、約8904億円に上ることが分かった。市街地整備などに使われた復旧復興事業費9兆8300億円の1割弱を占め、神戸空港建設費用(約3140億円)の約2・8倍の規模だ。県内24地区で阪神甲子園球場75個分に相当する287・3ヘクタールが整備されたが、多くの地区で人口回復が進まないなど課題を残した。(篠原拓真)

 阪神・淡路では、特に被害が激しい地域に対し、まちを大きく造りかえる復興都市計画事業が導入された。対象は復興土地区画整理事業が18地区(253・9ヘクタール)、市街地再開発事業が6地区(33・4ヘクタール)。市町別は、神戸約6108億円▽西宮約1279億円▽宝塚約566億円▽芦屋約537億円▽尼崎約183億円▽北淡町(現淡路市)約231億円。

 復興土地区画整理事業18地区には約4011億円が投入された。換地処分完了まで平均10年かかり、各自治体が公表する震災前と直近の地区内人口を比較すると、増加したのは18地区中4地区のみだった。

 最も人口増加の割合が大きかったは、神戸市長田区の新長田駅北地区。震災前の7587人から9904人(2019年6月末)と31%増加。同市東灘区の森南第二地区では、1001人から1141人(同)と14%増えた。

 しかし、多くは震災前の5〜9割しか人口が戻らず、同市長田区の御菅(みすが)東地区は1225人から49%減の628人(同)に。同市兵庫区の松本地区は2367人から1546人(同)と35%減った。1995年の人口統計は在留外国人が含まれていないため、実際の減少率はもっと大きいとみられる。

 市街地再開発事業6地区には4893億円が投じられた。神戸市が1月に事業完了方針を決めた新長田駅南を除くと、事業を終えるまで平均6年を要した。神戸市灘区の六甲道駅南地区や同市長田区の新長田駅南地区は、震災前の人口から3割ほど増加し、西宮市の西宮北口駅北東地区はほぼ同数まで回復した。

 この3地区周辺の公示地価を震災直前の95年1月1日と95年以降の最底値、2019年で比較すると、JR六甲道駅周辺は、震災前の1平方メートル当たり119万円から12年は44万1千円まで下落したが、19年は60万円まで回復した。

 阪急西宮北口駅周辺は95年の155万円から05年は47万4千円まで下落。調査基準地の変更で同一地点ではないが、19年は90万円まで急騰。JR新長田駅周辺も95年の80万円から、隣接地で12年に29万5千円まで下がり、19年は32万2千円に回復したが上昇は緩やかだった。

     ◇     ◇

スピード決定地域にしこり/住民との対話優先「成功例」

 阪神・淡路大震災の復興土地区画整理事業と市街地再開発事業は、1995年3月17日に都市計画決定された。住民は早急な決定や「減歩(げんぶ)」と呼ばれる手法に対して反発。貝原俊民知事(当時)は住民と行政の協議で計画を見直す「2段階方式」を表明したが、住民らでつくる「まちづくり協議会」が対立して分裂するなど、地域にしこりを残したケースもあった。

 成功例に挙げられる地区もある。尼崎市の築地地区は被災後も居住できる家屋が多かったことなどから、95年3月17日の都市計画決定を見送り、住民との話し合いを優先。地区の歴史をまちづくりに生かし、住民も合意した内容が95年8月に都市計画決定された。

 震災前の住民が全員戻れるようにと、公営住宅を建設する住宅地区改良事業と区画整理事業を並行して実施。その過程や結果が評価されている。(篠原拓真)

【減歩】 区画整理事業では道路拡幅や公園整備の用地を確保するため、住民が土地の一部を提供する「減歩」が行われる。阪神・淡路では住民が抵抗し、行政は土地を買収して計画段階の数字を抑制。その結果、減歩の割合を示す「減歩率」は神戸市兵庫区の松本地区で30・7%から9%、西宮市の西宮北口駅北東地区で24・51%から8・96%に下がるなど、ほとんどの地区で10%を切った。