シンガー・ソングライターの佐野元春が、3月にデビュー40年を迎える。日本のロックの革新者として足跡を刻み、63歳の今も隔年ペースで新作アルバムを発表するなど精力的に活動。時代と格闘しながら生み出してきた数々の楽曲は、普遍性を帯びて胸に響く。昨年末、4年ぶりに熊本のステージに立った佐野に、曲づくりへの思いや近況を聞いた。

 昨年12月25日、熊本城ホールで開かれたライブ「ロッキン・クリスマス」。佐野は、一回りほど年下のミュージシャンでつくるザ・コヨーテバンドと共に、近年の曲を中心に披露した。終盤は「サムデイ」「アンジェリーナ」など初期の代表曲を畳み掛け、会場を熱くさせた。

 クリスマスソングの間奏中、サンタ姿のくまモンを呼び込む“サプライズ”も。「熊本の街を平和な気持ちで満たそう」と、特別な夜を演出した。

 終演後、「1+1が3にも5にもなるようなライブだった」と語った佐野。3年前に短く切った銀髪と絞り込んだ体。外見も音楽も渋味を増したが、とがった雰囲気は健在だ。

 1980年にデビュー。言葉を詰め込んだ疾走感あふれる曲で日本語ロックの新たな地平を切り開いた。ラップや詩の朗読、インターネットによる情報発信もいち早く取り入れ、時代の先端を走ってきた。

 「自分の楽曲は、その時々の社会との関係の中から生まれてきた。発表したアルバムは、その時点での自分なりの『新聞』のようなもの」

 曲づくりは時代性を意識しつつも、「一番求めたいのは普遍性」だと言う。「普遍性を得るためには、常に自分らしくいなきゃいけない。時代の変化を受け入れながらも、自分自身の軸をぶらさず、前進していくことが大事だと僕は思っている」

 「熊本と佐野元春」といえば、伝説的なライブがある。87年8月に南阿蘇村の県野外劇場アスペクタで開かれたロックフェス「ビートチャイルド」だ。佐野は「タイトルの名付け親は僕」と明かす。

 ザ・ブルーハーツ、BOØWY、尾崎豊など人気ミュージシャンが勢ぞろいし、約7万人が詰め掛けた。一晩中、土砂降りで過酷を極めたが、最後に佐野がステージに登場した時、雨が上がり、朝日が輝いた。

 この日、感動を共有した若者たちは今、大半が50代になった。それぞれに喜びや困難を抱えた人々を励ますように、佐野は言葉を送った。

 「時代が変化する中で自分の場所を見つけ、生き抜いてきたことを誇りに思っていい。サバイバルしていくことは大変だと思うけど、どうあれ生き抜いてきたことは、それだけで価値がある」

 40周年の今年は「ファンの皆さんに、楽しいことをたくさんプレゼントしたい」と、ベスト盤や新作アルバムの発表、ライブツアーを計画しているという。「大切なのは好奇心と情熱。それがうせたときはおしまい」。円熟のロッカーは、新境地に挑み続ける。(小林義人)