「走る姿で感謝の気持ちを伝えたい」。突然の病で両脚義足となった主婦が、16日の熊本城マラソンのフルマラソンに初出場する。熊本市南区の横田久世さん(42)。絶望の淵から救ってくれた家族や、寄り添ってくれた人たちへの思いを込めた挑戦だ。

 2017年12月、高熱と両脚の激痛が横田さんを襲った。市内の病院で2週間、意識不明の状態が続き、目覚めた後に告げられた病名は「電撃性紫斑病」。感染症をきっかけとして四肢末端が壊死[えし]する病気だった。

 両手の指は折れ曲がり、両脚は腫れ上がった。「なぜ私が」と泣きじゃくり、「『どうして死なせてくれんかったと』と主治医に怒りをぶつけました」。

 18年1月に両脚と両手の指を切断。「母親の役割を果たせなくなり家族にも迷惑」と自分を責め、夫の潤さん(43)に離婚を切り出した。しかし、夫からは「1人でも欠けたら家族じゃなか。一緒に頑張ろう」。そのひと言と、普段通りの笑顔で寄り添ってくれる2人の娘の姿に、「私、生きていてもいいんだ」と心が救われた。

 同年4月に退院。わずかに残った右手の親指で包丁を挟み、中学生になった娘の弁当を作った。義足で車の運転もできるようになった。

 それでも外出すると、周囲の視線を気にする自分がいた。「そんな自分が嫌いだった」。そこで思い立ったのがマラソン挑戦。昨年夏に知人に相談し歩くことから始めた。

 年末には義足を使う人たちが集いスポーツを楽しむクラブ「ファイヤーブレーズ」(同市)に参加し、競技用義足に出合った。毎日練習を続け、距離も少しずつ伸ばしてきた。

 「やっと10キロほど走れるようになりました」。2月上旬、練習を終えた横田さんが義足を脱ぐと、装着部分には汗がたまっていた。「まだまだ完走は難しいかもしれませんが、家族が待つ14キロ付近までは走りたい」と笑顔で語った。

 義肢装具士や主治医、無償で伴走してくれるトレーナー、絶えず体を気遣ってくれる近所の整骨院の先生…。多くの人たちに今の思いを伝えようと、自筆の「感謝」の文字をプリントしたTシャツを着て走る予定だ。背中には娘からのエール「anything is possible(何だってできる)」の英文も。「障害と生きていく新たな人生のスタート」と位置付けた大会当日を迎える。(小野宏明)