所有者の遺言によって熊本市中央区大江5丁目の宅地が同市に遺贈され、地域コミュニティセンター(コミセン)が建設される見通しとなった。遺贈地へのコミセン建設は同市で初めて。「(財産を)市民の福祉に活用してほしい」との遺志が地域住民の要望とも合致し、具体化する形だ。

遺贈は、財産の全部もしくは一部を遺言によって地方自治体や公益法人などに寄付する行為。人生最後の社会貢献として「終活」で検討する人が増え、推進する全国組織もある

 宅地は市立図書館西側の道向かいにある角地約527平方メートル。遺言執行者で地元の田尻和子弁護士(68)によると、遺贈したのは2018年10月に96歳で亡くなった伊藤渥子[あつこ]さん。妹2人と長年暮らし、3人とも独身で近親者はいなかった。

 三女が他界した後の12年、長女の渥子さんと次女が遺言の公正証書を作成。どちらかが最後に亡くなった後、宅地は「売却せず、市民の福祉に活用することを条件」に、市に遺贈するとの内容だったという。

 市は市有財産審議会で取得を承認。家屋は既に解体され、市が土地の所有権移転の手続きを進めている。

 コミセンはまちづくりや地域保健福祉の活動拠点。同市は全92の小学校区単位で設置を進めているが、大江など17校区は建設地が確保できず未設置。大江校区は今回の遺贈で適地が確保でき、校区自治協議会も要望していたため設置を決めた。

 市は21年度に設計に着手し、23年度完成を目指す。大西一史市長は「利便性の高い大切な土地を遺贈してもらい、感謝している。故人にも喜んでもらえるよう、地域のため役立てたい」と歓迎。田尻弁護士は「渥子さんらが元気なうちに財産を生かす方法を考え、決断できたのが大きかった。遺志がかない、遺言執行者としてほっとしている」と話している。(川崎浩平)

◆財産寄付「終活で」注目 1人暮らし増え、実現にはハードルも

 子どもや配偶者のいない1人暮らし世帯の増加などを背景に、遺言によって財産を寄付する遺贈への関心が高まっている。ただ、実現には幾つかのハードルがあり、本格的な普及はこれからだ。

 遺贈には相続税減免などの優遇措置もあり、「終活」の一環で近年注目されている。弁護士や税理士などが2016年に推進団体「全国レガシーギフト協会」(東京)を設立し、インターネット上に寄付の窓口を開設して情報発信。地域の相談窓口として加盟14団体(県内はくまもとSDGs推進財団)も紹介している。

 ネットの窓口では、遺贈を検討する人が「まちづくり」「環境保全・自然」「子どもの健全育成」などの分野から寄付先を選ぶ手順を示す。これまでに、盲導犬の訓練や途上国の障害児支援に取り組む団体などへの遺贈が実現したという。

 同協会は「日本では年間約50兆円規模の相続が発生しており、その一部でも寄付に回れば、さまざまな社会課題の解決につながる」と意義を強調する。

 協会の主要加盟団体の一つ日本財団遺贈寄付サポートセンター(東京)では、19年度の問い合わせは1859件で、センターを開設した16年度の3割増。センターへの19年度の寄付は5件・約4億3千万円と過去最多だったという。

 一方、同センターが2018年12月に金融資産を持つ40〜70代の2千人に実施したアンケートでは、約5割が遺贈に関心があると答えたが、具体的に検討している人は3%程度にとどまった。同センターは「遺言書作成の労力や『希望通りに使われるのか』という不安など、心理的なハードルは高い」と話す。

 さらに、活用や売却の見通しが立たない不動産は、遺贈の申し出があっても断ることが多いという。

 熊本市中央区大江の姉妹は当初、財産を遺贈するとの明確な意志は持っていなかった。しかし、自分で財産管理ができなくなった場合に備えて弁護士と任意後見契約を結び、遺言書を準備。話し合いの中で「相続人のない財産は国庫に入る」などと知り、「地元のために活用したい」と気持ちを固めていったという。法定相続人がおらず、土地活用に見通しが立つなどの条件も重なり実現した。

 同市によると、過去5年間に市に寄付された土地・建物は11件あり、うち遺贈は大江宅地を含む2件。もう1件は個人宅で、市は家屋を解体し土地を売却する予定という。

 レガシーギフト協会は「跡継ぎがいない不動産の遺贈希望は増えているが、維持管理費用などの問題で、そのまま受け入れるのは難しい。熊本市のケースは贈る側と地域の事情が合致した好事例」とみる。(川崎浩平)