1980年代、アメリカからスーパーカービジネスに乗り出したメーカーは多い。しかし、そのほとんど、というかほぼすべてがビジネスとして成功することがなかった。ここで紹介するベクターもまた、そうした夢見るスーパーカーメーカーのひとつであった。そのベクターが、たった17台だけ生産した「W8」は、現在の市場でどのような評価を受けているのだろうか。

米国カリフォルニアから生まれたスーパーカーメーカー「ベクター」とは

 魅力的な、そして高性能で高価なスーパーカーを作って、いずれは世界中のカスタマーに一目置かれる、フェラーリやランボルギーニのような成功を収めよう。そう考える野心家は、これまでの歴史のなかで数多く存在する。

 そのなかには見事に夢を実現した人物も存在するが、その大半は夢半ばでスーパーカーの世界から撤退してしまっている。スーパーカーの新興勢力として成功するのは、かくも難しいことなのである。

 1990年代に、アメリカのカリフォルニア州ウィルミントンに、ジェラルド・ウィガードによって設立されたベクターもまた、そのような夢を抱いて誕生したスーパーカー・メーカーだった。

 彼らがまず開発したのは、「W2」と呼ばれるプロトタイプである。W2が発表された1989年のパリ・サロンの会場では、そのボディデザインは、多くのゲストの視線を集中させ、その評価もまたおおむね良好だった。

 その評価で確信を得たベクターは、ショーが終了するとすぐに、W2をプロダクションモデルとするための改良作業へと取りかかる。

 W2でのコンセプトは、「最先端の技術と最先端の材料を採用したスーパーカー」。そのため、プロダクション化に伴うコスト削減策として最先端技術/材料を見送ることはなかった。

 ボディにはCFRP、ケブラー、グラスファイバーが贅沢に使用され、当時のテストデータによれば0-60mph(約0-97km/h)は、4.2秒。最高速は242mphを(約387.2km/h)を記録することが可能であると発表されていた。

 リアミッドに横置き搭載されたエンジンは、6リッター仕様のV型8気筒だ。最高出力は625ps、最大トルクは880Nmとされ、これに3速ATが組み合わされている。

17台しか作られなかったベクター「W8」に価値はあるのか?

 オークションに出品されたのは、新たにネーミングを「W8」に変更したプロダクション仕様で、1990年にファーストオーナーからのオーダーを受け、生産が開始されている。

 実際に完成したのは9番目、すなわち1991年式のシリアルナンバー「9」ということになる。

 最終的にベクターは、17台のW8を生産し、活動を休止することになった。1990年代半ばには、ランボルギーニ製のV型12気筒エンジンを搭載した「M12」で起死回生のヒットを狙うが、こちらもその計画通りにはいかなかった。

 とはいえクラッシック・カー・マーケットで、ベクターがその姿を現すことは非常に珍しい。今回の「アリゾナ・セール」のために、その売り手を見つけるのは、相当な苦労があったに違いない。それもまたオークショネアの営業力のひとつといったところなのだ。

 そして気になる落札価格は72万ドル(邦貨換算約7600万円)。その希少性やコンディションを考えれば、まずは妥当なところだろうか。参考までにファーストオーナーが支払った新車価格は17万8000ドルだったという。

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【VAGUEの見解】
 落札されたベクターW8の走行距離は、たったの2268マイル。内外装のコンディションもよく、ボディカラーも当時の世相を反映するかのような深いパープル。コレクションするには最適な1台といえる。

 ランボルギーニやフェラーリなどのスーパーカーを所有、コレクションし始めると、行き着くのは誰も持っていないレアなモデルということになる。その点、ベクターはメーカーそのものがレアであり、W8はたったの17台しか生産されていない究極のレアモデルだ。

 近い存在としては、チゼータ「V16T」があるかもしれない。台数の少なさは、クラシック業界では価値を高めることにほかならない。メーカーが倒産してしまったという負のイメージも、時間とともに風化しむしろ神格化される要素になるケースもある。ビッザリーニなどがそうであろう。

 また、なにかの拍子にブランドが復活する場合もある(ベクターは限りなくその確率は低いが)。その際に、ブガッティ「EB110」のように、再び脚光を浴び、その価値を高めるケースもある。

 1970年代のイタリアン・カロッツェリアが作ったコンセプトカーのようなスタリングも含めて、ベクターはスーパーカーマニアにとって、興味のつきない1台であることは間違いない。最終落札価格が、新車価格よりも高額であることが何よりの証拠だ。