1978(昭和53)年3月24日、スーパーカーブームに乗って「童夢・零」という試作車が東京のホテルで披露された。国産初のスーパーカーは関西のメーカーが開発しジュネーブ・ショーで発表していた。量産化を目指したものの運輸省の認可は得られず、「夢の車」は幻に終わったが、マニアから熱い視線を浴びた。