1942(昭和17)年11月24日、太平洋戦争中の金属類回収令により寺院の釣り鐘は由緒ある古いものを除いてほとんどが供出させられた。兵器の原料となる金属が不足したためで、家庭にある鍋釜まで対象となり、あらゆる金属類が集められた。鉄道の線路を回収したため複線が単線となった区間まであった。