立命館大先端総合学術研究科准教授の千葉雅也さんの小説第1作「デッドライン」が話題だ。野間文芸新人賞を受賞し、15日に選考会が開かれる第162回芥川賞候補にもなっている。ともに同研究科教授で、一足早く作家デビューした岸政彦さん、比較文学者の西成彦さんを交えたトークイベントが京都市北区の立命大であり、「小説は具体的なものと向き合う一つの方法」「架空の人が語る生活史を書き留めること」など、三者三様の文学論、創作論を展開した。

 「デッドライン」は2000年代初頭の東京を舞台に、大学院生の「僕」が修士論文の締め切りが迫るなか、ゲイであること、思考することに向き合い、格闘する青春小説。千葉さんは「あの頃の東京にものすごく愛着があり、その時間を復活させたかった。失われた時を求めて、という感覚です」と話した。西さんは「地方から出てきた青年が、先生の威圧感の中でもがく。形だけみれば『三四郎』なんです。それが100年後、ここまでぶっ飛んだ小説になった」と評した。


 ジル・ドゥルーズらフランスの現代哲学を研究する千葉さんは、創作と研究は通底しているという。「哲学的なエッセーでも、具体的でプライベートな記憶の一部を使っていて、抽象的な思考と具体性は隣り合わせだった。そこを膨らませていけば、小説になると思った」

 これに対し、社会学者の岸さんは「フィールドワークで得たことは、社会学の論文として書く。きっちり分けたい。小説はもっと個人的なことを扱い、違う人生を歩んでいた自分の生活史を聞いているような感覚」と語った。2017年に発表し、芥川賞候補にもなった第1作「ビニール傘」は「一番つらかった日雇い時代を描いた」といい、昨年に三島賞候補になった「図書室」も幼少期の記憶を重ね合わせながら、女性の一人称でつづった。大阪の此花区や大正区を舞台にした岸さんの作品について、千葉さんは「あの辺りの大阪に文学的なイメージを与えた初めての物語ではないか」と話した。

 創作をめぐっては、岸さんが「なぜ文章を書けるのか、は大きなテーマ。次に書く文字は明示的には決まっていないのに、書けてしまう。ジャズのアドリブ演奏でもコード進行が決まっているように、間接的なフレームや制約がある」といい、「フィクションを恣意(しい)的に書いているのではなく、流れてくるエピソードに従って書き写している感じ」と説明。「デッドライン」について、「ゲイであること、論文が書けなくなること、実家の会社の破綻など、主人公の選択肢が少なくなる。これも制約条件ではないか」と続けた。

 また、千葉さんが「句読点や語尾のコントロールなど、文章を磨き上げることに神経質になっていたけれど、最近は風通しの良い書き方をしたいと考えている」と話すと、西さんは「それは(東京から)大阪に来たことと関係しているのでは。転地療法のように」と分析した。千葉さんは「確かに東京は神経質な空間で、大学院時代に京大に来た時、しゃべるスピードが遅すぎてイライラした記憶がある。今はそうしたノリに溶け込んで、楽になったかもしれない」と笑わせた。