大きな揺れの後、父親や団地内の住民らが各戸を回って、安否確認していた。神戸市東灘区出身で、京都市消防局伏見消防署で消防隊長を務める五明(ごみょう)寛和さん(31)が覚えている光景だ。

 当時は6歳。「近所の家庭と一緒にご飯を食べたり、年配の方が子どもを家に呼んでくれて、お菓子とお茶をもらったり。普段からつきあいの深い団地だった」。建物に大きな被害はなかったが、震災でライフラインが断たれた。住民らが水や食料など足りないものを分かち合う姿も、記憶に残る。
 高校を卒業し、京都大工学部に進学。在学中の2011年3月、東日本大震災が起きた。繰り返しテレビで流れる津波や火災の映像に、神戸の記憶が呼び覚まされた。「何が自分にできるだろう」。研究の関心が、都市計画や防災へと向かった。
 半年後に和歌山県を襲った台風12号で、現地調査に取り組んだ。避難所となった地域の学校は、生活だけではなく、物資の集積や情報の拠点として重要な位置を占めていた。生徒たちは、体育館で避難生活を送る高齢者の話し相手になっていた。「住民同士が協力して乗り切ろうとする姿に触れることができた」。住民同士が助け合う「共助」がそこにあった。
 調査や研究は次の災害に備えるために欠かせないが、もどかしい気持ちもあった。「今、助けを必要としている人に手を差し伸べたい」との思いが強くなり、消防士の道を選んだ。
 阪神大震災では、国や行政による「公助」の限界が露呈した。倒壊した家屋などから救助された人のうち約8割は、家族や近所の住民の手による。
 東日本大震災でも、共助の柱となる地域住民でつくる自主防災組織が重要な役割を担った。総務省消防庁がまとめた東日本大震災の事例集によると、岩手県大船渡市のある自主防災組織では、担当者らが避難誘導をして大多数の住民が津波の被害を免れた。
 自主防災組織の組織率は京都府全体で90・4%、滋賀県では88・2%(いずれも18年4月現在)だが、笠置町の0%や南丹市の16・9%など地域差がある。府防災消防企画課は「自主防災組織がなくても、住民同士のつながりが深く防災意識の高い地域がある。組織はあっても活動は地域によって幅がある」と、組織率だけでは表せない地域の力を指摘する。
 地域の自主防災組織や消防団へ助言する立場の五明さんは「いざという時に助け合うため、普段から顔の見える関係があった方がいい」と、実体験から思う。しかし、自治会に入らない人は一定数いて、防災への考え方も住民によって温度差がある。「それぞれに事情がある住民同士の関係をどう築いていくか。その答えをみんなで見つけていこうという姿勢が第一歩では」