新型コロナウイルスの影響で全国的に催しが中止に追い込まれた中、滋賀県立びわ湖ホール(大津市)が3月、ワーグナーのオペラ「ニーベルングの指環(ゆびわ)」の最終作「神々の黄昏(たそがれ)」を無観客上演し、ネットでも同時配信して世界中から注目を集めた。視聴者数は延べ約40万人を記録し、「奇跡の公演」とも評された舞台裏を探った。


 緊急事態宣言発令前の3月7日。プロジェクションマッピングで星空や炎を投影する現代的な演出や京都市交響楽団の演奏の中、西洋風の衣装に身を包んだキャストの美声が響き渡った。約6時間の公演後、本来なら大きな拍手に包まれたはずだが、客席には誰もおらず静かに幕は閉じた。

 オペラは、世界を支配できる黄金の指輪を巡る神々や人間、地底人らの争いを描いた4部作。同ホールは2017年から1作ずつ上演を続け、今作も国内外からスタッフやキャストが集い、今年1月から本格的に練習を進めていた。

 「中止」の雰囲気が漂い始めたのは、コロナの感染が拡大した2月下旬。公演約1週間前の28日には、県が、同オペラを含むホールの自主企画事業の中止や延期を決定した。

 制作費は約1億6千万円でチケットは昨年11月に即日完売。大規模公演で延期の選択肢はない。約6千万円のチケット代は返金を決めたが、スタッフらは大作の完結を諦め切れず、山中隆館長(65)は無観客上演による映像化を決断。「異論のある人は申し出てください」。関係者全員を集め提案し、映像化の追加ギャラを支払う余裕がないことも告げたが、その場は賛同の拍手に包まれた。

 公演直前に動画投稿サイト「ユーチューブ」での同時配信も決まり、幕は開いた。全編ドイツ語で字幕を付ける余裕はなかったが、SNSで自発的に訳などの解説を投稿する人も現れた。2日間の公演で延べ約40万人が視聴し、両日とも満席時の約6倍に当たる約1万人が全編を再生した。主役のオペラ歌手池田香織さん(50)は「公演中は集中して無観客を忘れるほどだったが、カーテンコール後は皆で歓声を上げてたたえ合った」と振り返る。

 上演後は「外出できない中、楽しい時間を過ごせた」「高齢の両親が久しぶりにオペラを見られた」などの感想とともに、計約300件約300万円の寄付が全国から集まった。公演のブルーレイディスクも27日に発売した。山中館長は「思いもよらぬ反響に驚いている。今回の経験を生かし、どんな状況でも芸術を楽しんでもらえる仕組みを考えたい」と語る。