芸歴17年目のクロスバー直撃が、満を持して4月に東京進出。前野悠介が『R-1ぐらんぷり2019』決勝進出、渡邊孝平のギャグやファッションセンスも注目を集める2人。「同期の中で一番おもろい」と芸人評は高く、コンビでも西の小道具芸人として認知されてメディアへの露出も増えるなど、徐々に売れるための波が来ている様子。大阪での思い出や、東京での意気込みを笑いたっぷりで語ってくれた。

取材・文/西村円香 写真/南平泰秀

「ガムテープと段ボールがあれば何でも作れます」(前野)

──いきなりの東京進出、何かきっかけがあったのですか?

前野「まず大阪でガツンと当てて東京へ、とがんばっていたんですが、なかなかガツンと当たらない(笑)。パチンコとかと一緒で、席を立つタイミングは大事やなと思って。って、そんなマイナスなことではなくて」

渡邊「もともと東京には行きたかったけど、いつ行ったらいいのかと。2人でご飯に行った時にそんな話になったんです。東京に行く先輩をずっと見送ってきて、17年やっている僕らが漫才劇場に出させてもらうのはありがたいけれど、後輩もたくさん出てくる。と、なると、僕は先輩やしお金がすごくかかるんですね(注:吉本には先輩が後輩を奢るという暗黙のルールがある)。東京は家賃が高いっていうけど、もしかして東京の方が先輩に奢ってもらえるから楽に生活できるんじゃないかと。僕、吉本の給料の半分は後輩に奢っているんですよ!」

前野「沖縄の劇場に1カ月間出させてもらったとき、渡辺が使った金額いくらやと思います? 吉本からもらう給料の1.5倍! 出稼ぎに行ったのに、後輩ばかりだから大赤字で帰ってきたんですよ」

渡邊「それに近い現象が大阪でも(笑)。周りにはやっとか、とか遅いわって言われます。10月に思いをマネージャーに伝えて、2月中旬にSNSで発表したんですが思いのほかファンの方々が反応してくれたんで、見てくれている人がいるんやな・・・と、ちょっとだけ感動しました」

前野「でも、その日に(ジャニーズの)中居君が事務所やめるという会見をかぶせてきたから」

渡邊「あれが、なかったらもうちょっと注目されたかな」

──段ボールで出来た自動改札機など、前野さんが作るネタ用小道具が本気過ぎると、TVで取り上げられる機会も増えましたね。

前野「ありがとうございます。東京は小道具にこだわった芸人さんも多く、アイデアが秀逸なチョコレートプラネット以外にも、モーターを使ったり、手芸の粋を超えて着ぐるみを作る人も。いろんな人がいるなかで、僕はガムテープと段ボールというシンプルな強さで勝負する。僕の小道具はほぼゴミで作っているのでエコだという点も、政府に訴えていきたい。日々ホームセンターなどで新しい素材などを探し続けているので、小道具は進化し続けると思います」

渡邊「ネタ帳で小道具のアイデアを見せられてもわからず、完成してからやっとこんなネタやったんかとわかることもあります」

「給料3000円時代も。耐え忍ぶ力が育った」(渡邊)

──「baseよしもと」「5upよしもと」「よしもと漫才劇場」と17年の間に若手が出演する劇場も変わっていきましたね。

渡邊「baseよしもとの舞台に立つには、まずオーディションがあったのですが、合格するのに4年くらいかかったかな?」

前野「ネタをしても30秒くらいで切られる。渡邊がセリフを噛み倒して、ゴングが鳴って、僕は挨拶だけして袖にはける。箸にも棒にも掛からぬ4年間。3年目でやっと2分間ネタをやり切れるようになりました」

渡邊「合格した瞬間はまだ覚えていますね、合格音とかも。たったらった・・・あれ? 覚えてない! でも、落ちたときの音は覚えています。一時期、その音を携帯の目覚ましのアラームにしていたんです。ドキッとするから絶対起きられるんですよ」

前野「それくらいトラウマな音。でも、苦労して舞台に出られるようになったので、最初は土足OKなのに、楽屋も靴を脱いで入っていましたね。楽屋は神聖やった」

渡邊「それが今では、出番ギリギリまでソファでごろんと寝ている・・・! baseよしもとがなくなり、5upへと変わったときに、僕らは大阪・阿倍野のスペースナインという劇場に移ることになったんですが、本当に狭いし、お客さんも少なくてツラかった」

前野「ツラ過ぎて、渡邊に何も言わず髪の毛をピンクにして行ったことも。あの時期は精神がやられていましたね」

渡邊「それまではバイト代を足せば生活はできるという感じだったのに、一度給料が3000円だったことがあって。あ、終わったと思いました。でも、あれを耐えたということはだいぶ強くなっているし、東京でツライことがあっても平気かと」

前野「阿倍野時代は、すっごい加圧トレーニングしたと思っています」

──そんな大変なときも、芸人を辞めたり解散するという話はなかったんですか?

渡邊「耐え忍ぶ力や鈍感力が育っているんじゃないかと。普通、しんどいときはコンビで話し合うと思うけれど、僕らはあえて言わない。ツラい時代も耐えてきたし、細かいところは違うと思うけれど、大まかな考えは一緒なはずと」

前野「性格は真逆だけど、言わないというとこだけ同じなんです。俺がこう考えているから、渡邊もそうだろうと。向いている方向は一緒かなと。あと、僕らNSC25期生は雑草の世代と呼ばれているんです。ジャルジャルやプラス・マイナス、銀シャリが同期なんですが、なかなか良い花は咲かせへんけど、なかなか枯れないって銀シャリの橋本が言っていました。そのなかでも、僕らは代表格と言われている。確かに諦めは悪いと思いますね」

渡邊「まぁ、楽しくやれていますしね! お休みの日でも楽屋に来て、後輩と遊んで。高校の部活みたいな感じ。大阪を離れるとそれがなくなるのが寂しいですね」

──東京に行く前に、お互いのココを治してくれ!という点はありますか?

前野「渡邊の滑舌の悪さと、声の小ささですかね。1分間で40回噛んだことがあるんですよ! 大どんでん返しというセリフを『どですかでん』って言っちゃったり。噛みすぎて吉本新喜劇のセリフが削りに削られ、4行に減ったことも。最終的に噛まずに言えたのが、『浪花警察署の渡邊です』という自己紹介のセリフだけ。あとの3行は全部噛んで、敬礼して『では!』と帰るだけなのに、『どあ!』って言ったんですよ」

渡邊「セリフが少なすぎて逆に緊張して」

前野「本人は緊張しないみたいな感じで言っているんですけど、いつもガッチガチで、超音波の電動歯ブラシかっていうぐらい震えているんですよ」

渡邊「武者震いってやつですよ。ひとすべりしたら、ブルブルって震えるんです!」

──ネタを拝見していると、緊張の様子なんて微塵も感じないのに意外です。東京に行くと緊張する機会も増えると思いますが、ご活躍を応援しています!